とある親魔物領で産婦人科の美人(←ここ重要)女医として働いているサキュバスのレイラは、これまで様々な種族の魔物娘を診察してきた経験があった。だが、今回の様なケースの患者は、彼女にとっても初めてであった。
「まさか人間の子供と、エンジェルの夫婦とはね……」
レイラの前に座っているのは見たところ10を少し越えた辺りの年齢の、中性的な容姿を持つ、栗色の髪の毛の少年だった。その隣で肩を寄せあって座っているのは、人間離れした端正で清純な雰囲気をまとった、金髪の美少女で、背中に純白の優美な翼を纏い、頭上に黄金の輪を浮かべていることから、神族の一員である「エンジェル」であることが分かる。
「ダークエンジェルなら何人か診たことはあるんだけど……とりあえず、今日はどうしたのかしら?」
レイラが尋ねると、エンジェルの少女は顔を茹で蛸の様に真っ赤にして俯いた後、蚊の鳴くような声で囁いた。
「ユストさんの……赤ちゃんが欲しいのですが……なかなか出来なくて……」
その言葉を聞いたユストという名の少年もまた、照れ臭さのあまり顔を真っ赤にして俯いてしまう。その初々しい仕草には、女のみならず男であっても内心ドキッとしてしまうことだろう。
「……うーん……魔物化してるだろうとは言え……エンジェルに関しては経験も資料も少ないから、アドバイスし辛いわね……取り合えず、二人の馴れ初めから話してもらっても良いかしら?」
「馴れ初め……ですか?」
ユストはキョトンとした顔で聞き返す。
「そうよ。二人が出会ってから結ばれるまでの経緯を確認したいの。その中に、子供ができにくい原因の手がかりがあるかもしれないから」
レイラの言葉に納得したユストは、エンジェルのシェミリとの出会いから、現在に至るまでに何があったかを語り始めた。
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ユストは反魔物領の領地に属する、村の近くにある里山の山小屋で、薬師を営む夫婦の間に産まれた男児だった。
敬虔な主神教壇の信者であったユストの両親は善良で高潔な人物であり、ユスト自身もそんな二人の愛情を一身に受け取ることで、心優しい少年へと育っていった。
だが、ささやかではあるが暖かい幸福を享受していた家族に、前兆も無いまま悲劇が降りかかる。
ある日突然、都市の方から主神教団の兵士がやって来て、ユストの両親を悪魔信仰の容疑で異端尋問にかけるために、逮捕したのだ。
幸い村に住む人々は彼らが敬虔な信者であることを深く理解しており、ユストにも「すぐに誤解が解けて、帰ってくる」とこれまで通り優しく接していた。
しかし人々の予想に反して、ユストの両親は解放されず、幼いユスト少年は何ヵ月も孤独な夜を過ごすことを強いられた。だが、ユストはいつかまた、両親と出会える日を夢見て、主神に祈り続けたのだった。
独りぼっちの寂しさで枕を濡らしていたある日の夜に、「彼女」はユストの前に舞い降りた。
「私の名はシェミリ。苦難の中でも信仰を忘れない貴方を祝福するために、会いに来ました」
シェミリと名乗るエンジェルは、両親と引き離されて悲しみにくれる少年と共に一つ屋根の下で暮らすようになった。シェミリの献身は濃紺の悲しみに沈んでいた少年の心を少しずつ溶かしていき、ユストは失われていた笑顔を少しずつ取り戻していった。村人たちも、「天使様が直々に会いに来てくださるということは、やはり悪魔信仰の件は誤解なのだろう」と考えた。
そのような日々が続いたある日のこと、ユスト少年に人生の転機が訪れることとなった。
その日は不気味な赤黒い雲が空を覆い、何か良くないことでも起こるのではと村人たちは気が気でなかった。結論からいうと、彼らの予想は的中した。村に魔王軍が攻め込んできたのだ。
魔物が人々に危害を加える存在だと教えられてきた村人たちは、恐れをなして家の中に閉じ籠り、村の八百屋で夕飯の買い出しをしていたシェミリは急いで、ユストのいる山小屋へと戻っていった。
山小屋の中では、一人のサキュバスがユストの小柄な体を背後から抱きすくめて、彼を誘惑している最中だった。
これまでに無いほど激怒した表情で少年から離れるよう迫るシェミリに向かって、サキュバスは涼しい顔で全ての真実を語り始めた。
ユストは勇者の素質を持って産まれた男だった。しかし、ユストの両親は主神を深く信仰していたものの、魔物や主神が悪と定める存在への敵対心や憎悪は持っておらず、彼らの手で育てられたユスト自身も、敵意や暴力とは無縁の、純真な人間へと育っていった。このことを危惧した主神は一計を案じ、教団を通じてユストと彼の両親を引き離したのだ。シェミリを遣わせたのも、神族である彼女と親好を深めさせることによって、勇者としての使命感を駆り立てるという目的のためだ
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