第13話 「奈落A」

「なにぃ、あのエルフの子供に逃げられた!? 馬鹿野郎すぐに探し出せ!」

「りょ、了解しました」



女王アレクサンドラ3世が居を構える城は、海沿いの崖の上に建てられたものであり、その崖には波の侵食によって削られた天然の、巨大洞窟が存在していた。クリスたちが連れてこられたこの洞窟は城の地下と直結しており、あらゆる方法で集められた奴隷たちを収める、いわば倉庫と化していた。倉庫は衛兵たちの中でも、女王自らの目で「選出」された、口の固い(そして良心の欠片もない)者たちの手によって管理されており、顧客の注文に応じて外海に繋がる水路で、奴隷たちを搬出する手はずになっていた。




「くそっ! あの白髭ジジイ!」

ドミノとクリス、そしてエミリアの三人は、身に付けていた全ての所有物を没収されたうえ、三人揃ってぼろ布の様な服のみを着せられて、所狭しと並べられた頑丈な木製の檻の一つに閉じ込められていた。

「そこ、黙れ!」

衛兵の一人に叱咤されたドミノは、アラークに対する罵詈雑言をぶちまけながら、魔法封じの結界の張られた檻を内側から叩くという行動をようやく中断した。

「まだアラークのせいって決まった訳じゃないわ! 彼は利用されてるだけなのかもしれない……!」

「ああ、そうかい! お前が奴隷として売られて、汚ねえおっさんに獣みたいに犯されている時に、愛しのアラーク様が助けに来てくれたらいいけどな!」

「二人ともやめてください!」

エミリアの涙ながらの訴えに、相性最悪の二人も流石に口論をやめないわけにはいかなかった。

「なんてことだ……母上はとうとう魔物娘まで奴隷として売り払うつもりなのか……」

「あ?」

振り向いたドミノの視界に入ってきたのは、隣に置かれた檻の中で、絶望的な表情で呟く若い男の姿だった。

「なぁ、そこのあんた、母上ってまさか……」

「ああ。私はアレクサンドラ3世の長男。サリム=アレクサンドラだ」

「まさか……アレクサンドラ女王は、次世代の王位継承者である貴方まで奴隷に……?」

身の毛もよだつようなクリスの予想に、王子は黙って首を横に振った。

「いいや、私は非合法の奴隷売買から手を引くように、母上に進言したら、ここで頭を冷やすように言われたんだ。恐らく、ここで何も出来ずに奴隷たちが出荷されていく様子を一日中眺めさせることで、私の心をへし折るつもりなんだろう」

「そんな……何てこと……!」

クリスは女王の底知らずの悪意の存在を感じとり、背筋が凍りつくような感触を覚えた。

「とにかくここから出て、コレールと合流しないと……ドミノ、あのネズミは使えないの?」

「駄目だな。檻に結界が張られてる。どうにかして鍵さえ開けられれば、連中に物事の道理を教えてやるんだけど……」

『(ドミノ、無理をするな。私が代わろう。私の魔力なら張られた結界ごと、檻を吹き飛ばせる)』

「(それだとクリスにエミィ、隣の王子様も一緒に吹き飛ぶよ)」

頭の中に響いてきたもう一つの人格の提案を、ドミノは迷いもせず却下した。

「(それに、これは復讐屋の仕事とは関係ない。俺自身の問題なんだ、オニモッド。ここは俺に任せてくれ)」

『(……良いだろう。好きにするが良い)』

脳内会話を終えた後にふと視線を外に向けると、腰に鍵束をぶら下げた、頭の禿げた司令塔らしき衛兵が近くを歩いている姿が目に入った。先程エルフを逃がしたという部下に怒鳴り散らしていた男だ。

「よし、あの鍵だ! クリス、今すぐその毛むくじゃらのケツをあのハゲに向けて、フ××クするよう仕向けるんだ! その隙に俺が檻の隙間から手を伸ばして鍵束をーー」

「次笑えない冗談をかましたらその首引っこ抜くわよ!?」

「じゃあエミィにフ××クさせろってか? それこそ笑えないぜ! それとも消去法で俺がやれってか! 奴がホモだっていう可能性にかけろと!」

「あぁもう分かったわよ! 要するに色仕掛けをすればいいんでしょう!」

クリスは半ばやけくそ気味になると、精一杯の猫なで声を出して、外にいる衛兵にこちらを振り向かせた。

「ね……ねぇ、おじ様? 私、その、うなじに、何か糸みたいなのが付いてるみたいで……悪いんだけど、取ってくださらない?」

ぼろ服からギリギリまで肩を露出させてうなじを差し出し、出来る限りの甘ったるい声で誘惑するクリスに衛兵はーー




「自分で取れ」

それだけ言うと、クリスたちに背中を向けた。

「……」

「くそ、ホモじゃなさそうとは思っていたけど、ケモナーと言うわけでもなかったか……」

悔しそうに歯軋りするドミノと服をはだけた姿のまま、真っ赤な顔でプルプルしているクリスを見たエミリアの瞳に、何かを決心した時のような光が灯る。

「あの、おじ様!」


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