第10話「砂漠の水晶@」

「くそっ、暑いな!」

コレールはそう叫ぶと、水筒から景気よく冷水を口の中へと流し込んだ。彼女が手綱を握る荷車は、サンリスタルの街が遠目に確認できる位置まで近づいていた。時間は11時過ぎ、あと数時間で最も暑くなる時間帯である。

「砂漠が暑いのは当たり前だろボス……おっ、エミィ。あれ見てみろよ」

ドミノはそう言うと地面に転がった白骨遺体を指差した。

「側に水筒が転がってる。多分、麻薬か奴隷売買にでも手を出したんだろうな」

エミリアの耳にはドミノの言葉は届いてなかった。彼女は難しい顔をして、サンリスタル周辺の地図を睨み付けていたのだ。

「コレールさん、ちょっといいですか?」

エミリアはそう言うと首だけで振り返ったコレールの前に、丸印を付けた地図を差し出した。

「この地図には書いてないんですけれど、昔、私がお母様のキャラバン時代に使っていた地図を見て遊んでた時、ここら辺に流砂があることを示す印があったような気がするんです」

コレールはエミリアから受け取った地図の、丸印で囲まれた部分をじっと見つめた。今まさに現在進行形で通っている道だ。





流砂とは、水分を含んだもろい地盤に、重みや圧力がかかって崩壊する現象である。

例えば砂漠では、砂が地下の湧水などによって水分が飽和状態になることにより形成され、圧力がかかって崩壊するまでは、一見普通の地面のように見える。つまり、落とし穴のように振る舞うということである。


「くそっ、あの親父、安物の地図を売り付けやがったな。流砂なんかに巻き込まれたらどうなることやらーー」

コレールが再び振り返ると、クリス達三人が真っ青な顔をして荷車の手すりにしがみついている姿が眼に入った。その視界も、よく見ると若干斜めに傾いている。魔界豚のカクニが甲高い悲鳴を上げて、猛烈な勢いで砂を蹴り始めた。

「成る程、こうなるのね……」

コレールは呟いた。




「踏ん張れ、カクニィ! このままじゃ私たちゃ数千年後に化石として発掘されることになるぞ!」

「ドミノ、落ち着いて! 下手に降りようとすると逆に危ないわ!」

コレールは手綱を握り締めてカクニに発破をかける。その後ろでは気が動転して荷車から飛び下りようとするドミノを、クリスが必死に食い止めていた。

カクニは悲鳴にも似た咆哮を上げると、口の中に嵌められた手綱を力任せに食い千切り、荷車の拘束を振り払って自分だけ流砂の外へと這い出した。


「((((速攻で見捨てやがったーー!))))」



「ヒィィ! 何とかしてくださイ! 海の底から出られたと思ったら今度は砂の底なんて、シャレにもなりませン!」

「良い考えがないなら黙っててベント!」

クリスは魔杖を蟻地獄と化した地面に突き刺しながら叫ぶ。ドミノは泡を食って斜面を駆け上がろうとしたが、流れていく砂に足を捕られて、数センチも前に進めていない。

「なんてこった……!」

コレールは怯えた顔で尻尾にしがみつくエミリアを庇いながら、砂の中へと沈んでいく荷車を目の当たりにしていた。



「おい、大丈夫か!?」

せめてエミリアだけでも流砂の外へと放り投げて助け出すしかないと考え始めたとき、上方から男の声が聞こえてきた。目線を上にあげるが、太陽が逆光となって、そのシルエットしか確認することができない。

「掴まれ!」

男が流砂の中に頑丈そうなロープを垂らす。コレールは必死の思いでロープを握り締めると、足の鉤爪で踏ん張ることで体を安定させ、一気に流砂の外へと登り切った。その後から半泣きのドミノが続いて這い出してくる。

「頑張れ! 後少しだ!」

男は最後に残ったクリスが、何とかロープにすがり付いて流砂から脱出しようとしているのを見て、そのたくましい腕を限界まで伸ばして差し出した。

「きゃあっ!」

手を滑らせて、危うくロープから転げ落ちそうになったクリスの腕を、男の力強い手ががっしりと掴む。男はそのまま彼女の体を引き寄せるようにして、全てを飲み込む流砂の魔の手から救い出した。

「ありがとう……」

クリスは肩で息をしながら、命の恩人である男の姿を視界に捉えた。

灰色の髪にワイルドな髭を生やした、壮年の男性だった。左目は潰れており、その上を横切る形で大きな傷痕が残っている。全身に革の鎧を身に纏っており、背中には2本のグレートソードを背負っている。目付きは熟練の剣士らしく、対峙した相手を戦慄させるような迫力を秘めていたが、その奥には確かな慈愛の光が感じられ、クリスは思わずドキリとしてしまった。

「てめぇこのやろうどういうつもりだオイ? ステーキか? ステーキにされたいのか? この薄情者め!」

「ブォォォ……!」

ロマンスの始まりを予感するような光景のすぐそばでは、青筋を立てたリ
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