砂漠の夜の空気は日中のそれとは正反対であり、凍える寒さが辺りを包み込む。満点の星空の元で、コレール達はキャンプファイアーを囲みながら夕食をとっていた。明々と燃える焚き火によって焼かれているのは、小さなオアシスの回りに生息しているカエルやヘビ、サソリなどの生物である。
「なぁ、ボス? ハーピー族の魔物娘って基本的に貧乳の奴が多いよな?」
ドミノは串に刺さったサソリの素焼きにかじりつきながらコレールに言った。
「そうさな。大体がペッタンコだ。でも、それがどうかしたのか?」
コレールの方は自分の腕の長さくらいはあるヘビの肉を歯で食いちぎっていた。
「いや、あんたの持ってた魔物娘図鑑を読んでたんだけど、『ガンダルヴァ』っていう魔物はハーピー族の割に胸が大きいと思ったんだ。てかそもそも、ハーピー族の胸が小さいのって何か理由があってのことなのか?」
「今のところ空を飛ぶときに体を安定させる為っていう説が有力だな。ガンダルヴァは神獣扱いされる場合があるような魔物だし、特殊な魔術か何かでそこらへんもカバーできるんだろ」
「じゃああれか、クリスの胸が貧相なのも、空を飛ぶときに体を安定させる為か」
クリスは機嫌の悪い猫の様な声を上げてドミノに食って掛かろうとしたが、自分の膝の上に熟睡しているエミリアの頭があることを思い出すと、考え直した。
つい先日まで気丈に振る舞ってはいたものの、ニレンバーグでの出来事はエミリアにとってショッキングだったらしく、ここに来て体調を崩してしまっていた(普通魔物娘は肉体的な病気にはかからないので、精神的な要因が大きいのかもしれない)。コレール達は彼女の体を労り、早めに睡眠を取らせ、食事も自分達で遣り繰りしているのだった。
「ていうかお前、さっきから『ボス』って何なんだ? 別にどう呼んでくれたっていいけどさ」
コレールが地味な色のキノコが刺さった串に手を伸ばしながらドミノに尋ねる。
「何でもなにも、あんたは一応このパーティの司令塔だろ? だったら『ボス』っていう呼び方も悪くないんじゃないかって」
談笑を続けるコレール達の姿を、離れた場所の岩影から双眼鏡で覗く少年の姿があった。
「あのホブゴブリン……いざとなったらあいつを人質に……」
双眼鏡を顔から外して呟く。少年は浅黒く、傷だらけの肌をしており、ボサボサの茶髪と背中に背負った金属パイプは彼が堅気の世界から弾き出された存在であることを、言葉で語るまでもなく現していた。
少年は後ろを振り向くと、自分の側で薄汚れたマントに身をくるんでいる少女に向かって話し掛ける。
「やり方は覚えているな、ベル? ドジは踏むんじゃねぇぞ」
「兄貴……」
微かに体を震わせる少女は、灰を被った子犬の様な色の毛に全身を覆われていた。
コボルト。特定の人間を主人と見なして共に暮らす、動物の犬と似た性質を持つ無害な魔物娘である。
「依頼主が求めているのは、あの杖の先端にある青い宝石だ。あれさえ確保できれば……いや、魔界豚を殺しておくべきかもしれない。食料にも火を付ければ、何もしなくたって、連中は砂漠のど真ん中で死んでくれるーー」
物騒な作戦の内容を呟く少年の横を、一匹の小さなネズミが駆け抜けていく。
「ねぇ、兄貴。止めようよこんなの!」
ベルと呼ばれたコボルトの少女は、少年に向かって悲痛な声を上げた。
「兄貴には右足が無いし、おいらは闘えないし……それに、誰かを傷つけるのも、傷つけられるのも嫌だよ……どこか遠い場所まで逃げて、二人で静かに暮らそうよ……」
「……」
少年は、子供のそれとは思えないほどの冷酷な眼差しでベルを見つめた。その迫力に、ベルは思わずビクンと体を震わせる。
少年は無言でベルの顔を掴まえると、頭を、ゴツンとぶつけるような勢いで彼女と額を突き合わせた。
「その静かに暮らすっていうのにも、金が必要なんだよ。いいか、ベル。ウィルザードで真っ先に犠牲になるのは弱い奴でも、強い奴でもない」
コボルトの少女の柔らかい頬に、少年の指が食い込む。
「残酷になれない奴だ。他人を食い物にすることに躊躇した奴から、足元を掬われて死んでいくんだよ。つまらない良心は捨てろ。さもなきゃ俺もお前も近いうちに野垂れ死ぬことになる。分かったか?」
少年は指先の感触で、ベルの顔が熱を帯びていることに気が付いた。
「か、顔が近いよ兄貴……///」
少年は相方の少女の呑気さに絶句したが、自分自身もベルの体温を感じて赤面していることには気付いていなかった。
ーーーーーーーーーー
焚き火の近くでぐっすりと眠り込んでいた魔界豚が、にわかに不機嫌な唸り声をあげはじめた。
「どうした、カクニ?」
「コレール、誰か来るわ」
クリスはコレールに言うと
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