「あー、あかん!」
とある住居の一室で、一人の刑部狸が仰向けに倒れる。
先ほどまで彼女が向っていた座卓の上には白紙の束と筆記用具、彼女の周りには無造作に丸めた書きかけの紙が散らばっている。
「新商品の案なんか全然でえへんわあ…。」
どうやらこの刑部狸、店の売り上げを上げるべく新商品の開発を行っていたようだ。まったく作業は進んでいないが。
「なーんぼ頭叩いても空っぽの音しかしよれへんし。嫌やわあ…。」
態度も声も心底憂鬱そうに寝返りを打った彼女の耳に、来客を告げるチャイムの音が鳴った。
「はあ〜い…。」
いつもの数倍は時間をかけて起き上がり、のっしのっしと玄関へ向かっていった。
「だれ〜?」
ゆっくりと扉を開けたその先には、行商をやっている友達のゴブリンが無邪気な笑みを向けてきている。
「やあやあ、わが友サイカよ。ご機嫌はあんまり麗しくないみたいだね。」
「なんや、チェールかいな。また泊めてほしいんか?」
ひとつのところに店を構えるサイカにとって、行商をしているチェールは重要な情報源だ。
サイカはチェール達から情報を得る代わりに、彼女らがここへ来た時の拠点として部屋を貸している。
しかしチェールは首を横に振った。
「やだね、そのじめじめしたのがこっちにまで移っちゃうじゃないか。」
「あ?」
眉を吊り上げたサイカを見て、チェールは慌てて首を振る。
「冗談冗談。今回は近くに来たついでに立ち寄っただけさ。ちょっと耳に入れておきたい話を聞いたんでね。」
「なんや、それ。」
「ここからさほど遠くないところにルベリアって小さい反魔物国家との国境があったろ。あそこから急進派の魔物が攻め込もうとしてるらしいよ。」
「…なんやて?」
戦争とはつまり、商人にとっては物資の流れや需要が大きく変わる出来事だ。武器や食料の流入、兵士が寝泊まりする場所、通商ルートの分断。さまざまなことを考えなければならない。それでチェールはわざわざこちらまで足を運んだというのだ。
チェールに礼を言うと、自室に戻った。足に当たる紙くずを見て、サイカはぽつりとつぶやく。
「そうだ、戦場、見に行こう。」
「…全く話が見えないんだけど。」
国境がよく見渡せる丘の上で、サイカの隣のサキュバスが怪訝な顔をする。
「いや、さっき説明したやん。めっちゃわかりやすく。」
「上の文を丸ごと迫真の演技で再現しきったのはすごいけど、わかりやすいってそういうことじゃないわよ?扉を閉めてからどういういきさつで何をもって『戦場見に行こう』になったのよ?」
「いや、このまま家におっても新製品の案は出てこーへんし、全然違う環境におったらなんか浮かんでくるかなーって。」
「それを最初に言いなさいよ!冒頭の演技何の意味もないじゃない!」
「てへぺろ。」
舌を出してウインクしたサイカにがっくりうなだれるサキュバス。
「っていうかしれっと話を捏造するの止めなさいよ。あのゴブリンの子はもっと子供っぽいし、実際はどっちが歩くの早いかで騒いでただけなくせに。」
「あー!なんでほんまのこというんや!私のカリスマのイメージが!」
「最初っから誰も持ってないわよ。」
あきれ返った様子でため息をついてから、サキュバスは空に舞い上がった。
「とにかく、ここにいれば戦いの様子は見れると思うわ。面倒見るのはここまでだから、何かあっても自分の身は自分で守りなさい。」
「へいへい。」
サキュバスを見送ると、手元の時計を見た。
「もうそろそろやな…。」
時計から草原に目をやると、サキュバスやデビルを筆頭にかなりの数の魔物が集まっていた。その周りには、隠れていて目立たないがおこぼれにあずかろうとする魔物たちも見受けられる。
対するルベリア側も、小国には似合わない数の軍隊を出していた。恐らく、他国からの援軍がいるのだろう。
開戦の時刻になったのだろう。一人のリリムが前に進み出た。
「さあ、あの国に快楽を教え込んであげるわよ!」
首領らしきそのリリムが手を挙げると、一斉に魔物たちが軍隊に迫っていく。
「男―!!」
「私が一番いい旦那さんをゲットするのよー!」
…侵攻というより男狩りである。魔物娘さんマジ肉食女子。
「神の名のもとに!国を堕落から守り、邪悪な魔物を殲滅せよ!」
「うおおおおー!!」
こちらも大将の男の掛け声を合図に、槍や剣をもって突撃を開始した。
しばらくたって、戦場は(人間側にとっては)地獄絵図の様相を呈してきた。
「ぎゃあ!」
ラミアやスライムに絡めとられ、動けなくなる者。
「私、あなたみたいなか弱い人を見ると守ってあげたくなっちゃうの…。」
「ひ…ひいいいぃぃ!」
アマゾネスやミノタウロスのような戦闘力の高い魔物に武器を奪われる者。
「やったわ!やっとこっちにも人が逃げてきたわ!」
「や、やめろおおおおお
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