海の天気は変わり易い。
今日ほどそんな言葉が信じられる瞬間も無い物だ。
周りの海は荒れていて、嵐を予感させるような暗雲が前方を覆っている。
良く見ると、海の魚たちも恐れをなしてなのか、飛び跳ねてこない。
この辺りは、この季節になると「トビハネマグロ」と呼ばれる大型魚が飛び交う場所の筈なのだが。
「せんちょ〜!早く戻って・・うわぁっ!?」
グラグラと揺れる漁船の上で、一人の青年が波に揉まれていた。
彼の名は「クルーェル」。見習いの漁師である。
今はこの船の船長と共に、「サキミダレ」と呼ばれる魚を捕りに来ていた筈だった。
しかし、来てみれば向こうは嵐雲、波は荒いし魚も居ない。
こんな状態になれば、神様だって恨んじゃうだろう。
「せんちょ〜?なにして・・」
「はぁぁぁぁぁっ!いいのぉぉぉっ!」
「はぁ・・・はぁ・・・・・ルェル・・・たすけ・・ろ・・」
クルーェルが操舵室の扉を開けて、船長に何故帰らないのかを聞こうとした。
しかし、その言葉は途中で掻き消える。
操舵室では、舵ではなくスキュラの身体を持って悶えている船長の姿があった。
ちょうどさっき絶頂を迎えたのか、スキュラの女性は快楽に身を震わせている。
それにしても滑稽に思う。あの厳粛な船長が、今は魔物に跨られているのだから。
因みに、船長の言っている「ルェル」とは、クルーェルの愛称。
「ま・・・まもの・・・・わぁぁあぁぁ・・」
「ルェル・・・・くぉっ!」
「んふふ・・・気に入っちゃった。おじさま♪アタシの家にご招待〜♪」
スキュラを見て怖気づいたクルーェルは、操舵室を飛び出してしまった。
その間に、クルーェルが去っていった事に絶望感を覚えつつも、スキュラによって船長は連れ去られてしまう。
それにしても、アクロバティックな脱出法だ。操舵室の窓から飛び降りるなんて。
そして、逃げだしたはいいものの狭い船の中を慌ただしく走っていたクルーェルにも魔物がやってくる。
「こ・・・ここなら見つからないな・・」
「・・・・」
「うあっ!?ここにも魔物が?!」
「・・・・・」
逃げだしたクルーェルは、なんとか船尾のほうにある道具入れの後ろに隠れた。
そこは、船の一番後ろの辺りの為、船全体が見渡せる。
何処を見ても、船長を襲っていた魔物の姿は見えない。
どうやら、船長を連れ去ったらしい。
船を使ってこの海域を離れようとしたクルーェルだが、道具箱の影から飛び出そうとすると、腕を触手の様ななにかに掴まれるのが分かった。
しかし、クルーェルが驚いて言葉を吐いても、相手のスキュラは何一つ喋ろうとしない。
何だか、何処となく表情が嬉しそうにしているようにも見える。
しかし、子供に見えても魔物は魔物だ。タコの足が腕に絡みついて放そうとしない。
「・・・・」
「なっ?!なにしてるんだ!そっちは海・・んんっ?!」
何一つ喋らなかったスキュラの少女は、何も言わずに海へと飛び込もうとしていた。
しかし、そのタコの腕にはクルーェルがいる。
彼は人間だ。泳げない訳ではないが、長い間潜っていれば溺れてしまう。
溺死を恐れたクルーェルが、必死に船体にしがみついて動くまいとしようとしたその時。
スキュラの少女はクルーェルにキスをした。そして、そのまま海の中へ飛び込んだ。
「んんっ!んんんぅっ!」
「・・・・・」
海に潜ってしまったクルーェルは、そのままスキュラの少女に抱きつかれたまま海底へと進んでいく。
この辺りは深度が深い海だ。沈んでしまえば浮かんでこないかもしれない。
そんな場所へ連れて行かれる事と、魔物に捕まっているという考えが、クルーェルをパニックに陥れていた。
しかし、そんな様子を見てスキュラの少女は少し微笑んでいた気がする。
「んん・・・・ん・・・・」
「・・・・」
長い間キスをしていた所為で、酸素が尽きたクルーェルは眠るように気を失った。
その様子を、スキュラの少女はキスをしたまま見詰めている。
そして、二人の身体はどんどんと海底へと向かう。
―――――――――――――
それから暫くして、クルーェルは薄暗い洞窟の中で眼を覚ました。
「・・・・ハッ?!」
「・・・・・・」
眼を覚ましたクルーェルは、まず最初に自分が生きている事に疑問を持った。
それから、この異様な洞窟の事、スキュラの少女の事、その他諸々について疑問を抱く。
「・・俺・・・どうなるんだ・・?」
「・・・・」
謎だらけで訳が分からなくなっていたクルーェルは、急に冷静に考えて自分の今後を考えた。
その問いに、スキュラの少女は悲しげな表情で俯くことしかしなかった。
その他にも色々と質問したのだが、どの問いにも彼女は無言で答えるだけ。
それ以上の事をしようとしない。
「そうだ、君の名前は・・?」
「・・・・・」
ずっと暗い顔をしていた
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