背中に吹き付ける風が寒さを増して来た頃の夕暮れ。一人のメドゥーサが吊り橋の前で立ち尽くしていた。
「・・・・(ガクブル)・・・(チロ)・・」
身体を震わせながら舌を覗き見、恐怖から直ぐに引っ込めてしまった彼女。チロチロと恐怖を宥めるかのように舌を出し入れしていた彼女の名前はチロ。今年で18になったメドゥーサである。因みに今は独身道を突き進んでいる。何故なら、彼女は押しが足りないのだ。以前に何度か告白をされた事だってあった。しかしその度にチロはツンケンとした態度でそれを断ってしまっていたのだ。心の奥底では嬉しい筈なのに、何故か反射的に反発した態度を取ってしまう。現代人にはよく見られる傾向だ。
「どうしたの?手、繋いであげよった?」
「なっ!べ、別に怖くなんかないわよ。それにアンタ誰!?」
「僕?僕の名前は・・・・クロガネだ。さぁ、渡るんだろ?」
吊り橋の入り口で尚も立ち往生していたチロに、一人の青年が手を差し伸べて来た。最初は意味が分からずいつも通りに棘のある物言いで相手を脅したチロだったが、彼・・クロガネはそんな脅しにも乗らず、ただただチロが自分の手を掴むのを待っていた。そもそも、何故チロは此処に居るかと言うと、今日は山の手の方のBBQパーティーに御呼ばれしていたのだ。しかし皆が「帰りは別の道で帰ろう」と言いだして、険しい山道を登山感覚で降り始めたのだ。最初はチロも楽しげに山を下りていた。しかし、途中でこの吊り橋[フォーンブリッジ]に立ち往生してしまったのである。その時、友達の内の一人が笑っているのが見えたチロは「やられた・・」と、意気消沈。仄かに残っていた勇気が消え去って現在までここで立ち往生しているのだ。
「・・・ねぇ、懐石薬とか持ってないかな。」
「えっ?なんd・・あわわわ・・・」
クロガネが言っている懐石薬とは、メドゥーサやコカトリスなどの相手を石化する魔力を持つ魔物の魔力を一時的に解除して、効力を無効化する謂わば「金の針」等である。金の針ほど高価では無いし、顆粒タイプの薬である為比較的簡単に手に入る。但し、服用できない状況下に置かれるとどうしようもない。そんな中途半端な代物だ。
「・・(ゴクッ)・・ぷはぁ!助かった。ありがとね。」
「べ、別にアンタの為じゃないんだから!アンタなんて石にしたら私が食べて・・その・・(モゴモゴ)・・(チロチロ)・・」
下半身がそろそろ全体的に石になってしまったクロガネは、急いでチロに薬を貰うと慌てて飲み干した。すると石化は止まり、体の色が戻った。その時のチロは、焦ったクロガネを見て少し顔を赤くしていたがクロガネが振り向くとそっぽを向いてまた刺々しい言葉で叩いていた。しかし、髪に宿る蛇たちは素直なのか、自分の主に体当たりをしたりはたまた、クロガネに少しでも触れようと体を伸ばす者、チロチロと舌を出し入れしてチロとは正反対に惚けた表情をしている者等などがあった。
「どうしたの?赤くなっちゃって。」
「あ、赤くなんてて、ななななっちゃいないわよぉ!」
顔を背けて、クロガネをまた石化させないように計らってくれているチロだったが、クロガネは悪戯っぽく耳元で囁くとチロは顔を噴火させたかのように赤くして、ムキになって怒ってしまった。
「まぁまぁ。とりあえずは橋、渡るんだろ?」
「・・・うん・・・・べ、別にアンタの事が好きとかそういうのは一切無いんだからね!勘違いしないでよ!」
怒ったチロを、小さく笑いながらクロガネが宥めて手を伸ばした。先程はよく見ていなかったから分からなかったが、まるで力仕事などした事の無さそうな綺麗で細い手だ。こんなもの、魔物の握力で有れば少し本気を出すだけで圧し折れてしまいそうだった。その差し出された手を、チロは先程まで怒っていたのが馬鹿馬鹿しく感じるほど素直に返事して手を握った。しかし、いつものように直ぐに罵倒するようになってしまっていたが、彼女のツインテールに連なる蛇たちが、悶々としてうねうね動いている所を見ると、実際の所は凄く嬉しいらしいとクロガネは分かり切っていた。
「さ、眼を閉じて?僕に付いて来て。」
「・・・うん・・・」
クロガネに導かれるままに、チロは目を閉じてクロガネに引っ張られる様に橋を渡って行った。その時、チロには不思議と恐怖心が全く湧き上がってこなかった。いつもなら高い場所に進もうとすらしない筈のチロが、今はクロガネに導かれるがままに歩を進めていた。
「・・・ほら、眼を開けて?」
「もう渡ったの?ずいぶんと早かっ・・・わあぁぁぁ・・」
暫く橋の上を進んだ所で、クロガネがチロに目を開く様に言った。言われたがままに目を開いたチロは、今までに見た事のなかった景色を見る事になる。
夕日に焼けて紅くなっている空。その所々には雲が掛かっていて、
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