今日も今日とて客足は遠く、誰も居ない店内を回る扇風機の音が気になってしょうがない。
というのもこちらの扇風機、型がだいぶ昔のものであり、店長が先代の頃からずっと回り続けている。
壊れることなく動き続けてくれている事自体はまぁありがたいのだが…
「…っ…っ…っ…っ…」
「…んっ…んぅっ…あっ…んっ…」
「やめろココ… そういう風にしか聞こえないのは分かってるから」
商品棚の整理をしていたココが、不意にカウンター席で退屈そうにしていたシロウを見て悪戯っぽく笑って見せる。
そしてカウンターの前まで行くと彼に聞こえるかどうかの小さな声で喘いでみせた。
しかも彼女の近くで動き続ける扇風機の軋む音に合わせて。
「修理に持ってこうかな…」
そういう伝手がない訳ではない。
修理の仕事をしている友人から、事前にいつでも持って来てくれと言われているからそこへ持っていけば修理もしてくれるだろう。
だからココ、そんな伝手があったなんて信じられませんみたいな顔を向けないで欲しい。
触手が変形していったのだろう、修理に使うとは思えないような大型工具がスカートの後ろから見えているぞ。
「この音があるから客足も遠退いているのでは?」
「扇風機一個で客足が遠のいてたまるか…と言いたいところだが…」
少なくとも小さい子などの情操教育上よろしくないであろう音であるのは確かだ。
店にアニメなり映画なりを借りにきて、こんな卑猥な声を聴いていたら選ぶに選べないだろう。
熱くなってきたからこそ備品倉庫から引っ張り出してきたが、すぐにでも元の場所に戻すべきだろうか。
「やぁ店長…おっ、今年もそんな季節かい」
「名取さんか いらっしゃい。元気にしてたかい?」
「まだまだこの通り、ビンビンじゃっての」
スーツ姿の初老の男性が、客のいなくて困っていたこの店にようやくやってきてくれた。
近所の住んでる名取さんだ。いつもはもっとずぼらで適当な部屋着でウチに来ているはずだが、大事な用事でもあったのだろうか。
「いらっしゃいませ」
「うほぉ! ココちゃんは今日も綺麗じゃなぁ」
「ありがとうございます」
はしゃぐくらい嬉しいのは分かるしすごく綺麗なのは誰よりもシロウがよく知っている。
だけど今日もまたいつものように挑戦しに行くその根性はココの夫として理解したくない。
嬉しそうに近づく傍らでそっと伸ばした手がココのスカートに触れようとしていたのだから。
「いだっ! ちぇ…今日も無理じゃったかー」
「いい加減人の嫁にちょっかいかけるのはやめてくれよな…」
どこから取り出したのか、はたきで手を叩かれていたらしい。
痛そうにこそしているが最早いつもの事過ぎて怒る気も起きない。
ただまぁ、シロウとしては控えて欲しいものだと思ってはいる。
「いいじゃろがいちょっとくらい」
「良くないよセクハラジジイ… それに見てみろよココのあの目」
「あぁん? 黒真珠みてぇで綺麗なお目目がなんだって?」
やることやってる夫婦だからこそわかる。
あの目をしているココを見た日は、決まって要求が過激になって次の日の仕事に響く事が多い…要はヤる気の目だ。
普通の人ならきょとんとこちらの事を観察しているくらいにしか見えないだろう。
目の下が少し歪んでいるのに気付けるのは、いつも彼女の顔を見ているシロウか余程目の良い人くらいしかいない。
あぁ、今日はどんな絞られ方をされるだろうか。ココが満足してくれればいいんだが…
「次の日に足腰立たなかったら名取さんの所為だからな…」
「んなもんワシに関係あるかい! さて、今日もあれこれ借りてくぞ?」
「どうぞー 存分に見ていってくださいな」
そう言うと名取さんは一目散に黒い暖簾の掛かったエリアへ向かっていった。
18禁コーナーへ消えて行った名取さんを見送るココの表情のなんとニコニコで可憐で明るい事か。
これで何も借りずに出て行こうものなら、きっと無傷ではいられないだろう。
「……ふふっ…」
「嬉しそうだなぁココ」
名取さんがどんな作品を持って出てくるか、すごく楽しみにしているココの表情は翌日の遠足を控えて眠れない子供みたいに無邪気なものだった。
今夜はこの無邪気な顔がどう牙を向いてくるか、考えるだけでシロウの気力が吸われて行くように感じる。
「はい… 我慢できなくて… んっ…」
「やめろやめ… うわっ」
我慢できる時間が短すぎやしないか?
18禁コーナーで品定めしてる名取さんを除いて他に客が居ないのはあるが、だからって羽目を外していい理由にはならない。
だというのに、触手で引っ張ってきて無理矢理にキスしてくるのはお仕事中には良くないコトだと思います。
「ん
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