据え膳食らわば皿まで

 海の中には、色んな種族が住んでいる。
 特にこの国には多種多様な種族が肩を並べて仲良く歌を歌う日々。

「ら〜……コホンッ…ら〜らら〜ら〜…」

 魔物達が行き交う中心街からちょっと離れた海の底。
 そこが、彼女の家であり活動範囲であり唯一無二の居場所だった。

「もうそろそろ…なんだよね…」

 腕に「エナ」と刻まれたタグを提げた少女。
 それがこの少女の名であり彼女がこの物語の主人公でもある。

ぐぅぅ〜〜

「……が、頑張らなきゃ…」

 彼女がこれからしようとしている事は、案外彼女にとって死活問題でもあった。
 彼女の活動範囲は、足場であり入り口であるこの貝から手を伸ばして届く距離。
 別の場所へも移動する事は出来るのだが、歩くわけではなく転移魔法による空間接続だ。
 分かり易い例えで言えば、この貝はどこ○もドアのようなものだと思えばいい。
 ただし使用者の足を空間から外へは出せないという制約が含まれているが。

「んしょっ!」

 準備の為、一度自分の貝の中へと引っ込むと、そこに広がっていたのは広大な空間だった。
 どこまでも白くどこまでも遠く続くその世界こそが、エナにとっての家であり世界である。
 いつもなら貰いものや漂流物を吸いこんで設置したりしているのだが、ある人からの指示を受けてこの空間に設置したもののだいたいは廃棄してしまっていた。
 それと言うのも、これから来る巨大な獲物を少しでも多く吸い込む為だ。

「……うん、これくらい開けてれば十分だよね… あ、おやつ!」

 最終チェックを終わらせて元居た場所へ戻ろうとしていたエナの前に、ちょっとしたおやつが流れてくる。
 まだ消費していなかった分の肉や野菜が、海中に漂っているかのように漂流してきたのだ。
 ちょっとシュールかもしれないが、この空間に日ごろから住んでいるエナたちカリュブディスにとっては日常的な事である。

「あむっ… おいひぃ!」

 火の通った状態で漂流しているそれらは、浜辺で焼かれた物のようだ。
 何故匂いで分かるのか?
 海に近しい香りが漂う食べ物が、浜辺で焼かれた物以外にどこで作られていると言うのか。
 どっちにしろ、今の空腹状態なエナにとってはその程度の事はどうでもいい事だった。
 食事にありつけた事こそが彼女にとって一番の幸福なのだから。

「…!? も、戻らなきゃっ!」

 食事に気を取られてしまっていたが、彼女は今こんな所で肉を頬張っている場合ではない。
 下手を打てばこれが最後の晩餐になってしまうかも。いや、今が夜かどうかは分からないが。
 とにかくエナは大急ぎで元の場所へと戻る。

「っ! もう始まってる?!」

 元の貝から身体を出してみると、周囲にはいくつもの渦潮が発生していき海上へと延び始めていた。
 このままでは出遅れて本当にさっきの食事が晩餐になってしまう。

「ご、ごめんなさい先生! もうしませぇん!」

 泣きながら大慌てで魔力を込めるエナ。
 十分な量の魔力が身体を巡って来た所で彼女は足元の貝を開く。
 ちょうどポケットを開けるように開かれた貝殻は、渦潮を生み出す魔道具として機能する。
 そうして吸い込んだものが、さっきの空間に漂うというわけである。

「うえぇええぇん!!」

 大声で泣き叫ぶと、彼女の魔力は一気に弾ける。
 周りで発生するどんな渦潮よりも巨大な渦が海面めがけて伸びていく。
 半ばコントロールの効かなくなったソレは海面に到達した。

「もっと強く、大きくしなきゃ先生に怒られちゃううぅ!」

 思い浮かぶのは鬼のような形相をしたネレイスの姿。
 普段はニコニコしていて笑顔の美しい教師だが、怒ると怖い事をエナは知っていた。
 友達のように仲がいい事もあって、エナはその教師の怒った顔を見るのが二つの意味でイヤだったのだ。
 一つは単純に怒られる事への恐怖。
 もう一つは、友人として声をかけて貰えなくなる喪失感への恐怖。

「そんなの…そんなのどっちもいやぁぁぁ!!」

 教師としての彼女の為、友人としての彼女の為、両面から嫌われる事を恐れたエナの魔力はより一層膨れ上がった。
 それにつられて、発生する渦もさらに大きくなっていく。
 こうして、ミッションは完遂された。

「…え… …船…?」

 まるで城のように大きな船が、はるか頭上、海面から沈んでくるのが見て取れる。
 当然、人も山のように乗っているだろう。
 その船を引き割き海へと引きずり込んだのは他でも無いカリュブディスたちの渦潮だ。
 船から放り出された人々や物資は次々とスキュラやマーメイドたちに奪われていく。
 エナ自身も吸い込んでいるのは吸い込んでいるだろうが、さっきから入ってくるのは船の残骸ばかり。
 こんなものをたくさん詰めていては内
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