嘘つきな貴方へ夕顔を

 雲一つないほどに快晴の空の下、その少女は屋敷の縁側から外の景色を眺めていた。
 彼女の名は爽姫。この屋敷の持ち主である爽氏の娘である。
 長く黒い髪を結う事なく遊ばせ、風になびかせる姿は名前の通り、姫そのものであった。

「……」

 そんな彼女は今、物憂げに外を眺めている。
 本当なら外に出て庭を駆け回ったり父のように馬を乗りまわしたりする事に憧れているのだ。
 だが彼女にはそれが出来ない。
 爽姫は生まれつき身体が弱いのだから。

「はぁ……退屈です…」

 ほとんど外へ出る事も無い生活だからか、彼女は人と比べて肌が白く陽の光を知らなかった。
 勿論、ほんのりと暖かい日の光は心を癒し育んでくれる物だと彼女は知っている。
 ただ他人と比べて陽の光に素肌を晒す事が無いのだ。
 京では自分を美しく見せる為に化粧をして肌を白く見せるそうだが、彼女にはそれが必要無いほど。
 まあ彼女自身がまだ幼い事もあり、丈夫さや肌の白さは時間が解決してくれるだろうと医者も言っていた。

「齢13……その年ならもう夫を探すなり見つけるなりして嫁ぐものだ…そう思いませんか、小鳥さん?」

 そよ風と共にやって来た小鳥を見つけ、退屈の極致にいた彼女はその小鳥へと語り掛ける。
 返事を期待して喋っている訳では無い。
 言葉を投げかけれる相手は正直な所、何だっていいのだ。
 たまたま小鳥が入ってきたからそれに話しかけただけであり、入って来ていなかったなら天井のシミにでも語り掛けていたのではないだろうか。

「確かに、齢13では幼すぎるのではないかという声も聞こえますよ? ですが…」

「…おっと、これは失礼」

 小鳥へ語り掛けていた爽姫だったが、部屋を隔てる襖が開かれて言葉を失う。

「…あ、貴方様は…?」

「拙僧、陽観と申します。 爽氏とは少し縁がありましてな、暫く宿をお借りしようと伺った次第」

 自分の事を拙僧と呼ぶ、という事は僧侶なのだろう。
 見れば恰好こそ寺の僧侶そのものではあったが、顔はそうとは思えなかった。
 僧侶とは普通、修行に際し髪を全て剃るのが慣わし。
 だからこそ「坊主頭」なんて言葉もある訳なのだが。
 しかし彼の頭は道行く商人や男たちと同じく髪があった。
 その上、顔立ちはかなり整っていて贔屓目に見なくとも美男子だと分かる。
 年齢で言えば20歳かそこらだろうか。

「爽氏には目通り適った故、屋敷を探検しておったのですよ。 道を覚えると何かと便利ですからなぁ」

「そ、それでしたらわたくしがご案内させていただきます」

「おお、それはありがたい。 ではよろしくお頼み申し上げる」

 笑顔と共に差し出された手を取って、爽姫は屋敷の隅々までを陽観と共に歩き回った。
 何も退屈凌ぎにと彼の頼みを聞いた訳では無い。
 確かに退屈していた事は事実であり、彼を案内する事で退屈凌ぎになっていたのもまた事実。
 しかし爽姫にはそれ以上の理由があった。

 彼に一目惚れしてしまったのである。

「――これで、だいたいは案内し終わりました」

「なるほど、なかなかに広い屋敷ですな。 案内して貰わなければ迷っていたやも知れん。 感謝しますぞ、爽姫様」

「あぅ!? そ、そんな滅相も無い」

 陽観に頭を撫でられ、爽姫は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
 それは喜びや恥ずかしさが綯い交ぜになって表情に現れていた。
 もし俯いていなければ、そんな恥ずかしい顔を見せてしまう事になっていたかもしれない。
 13歳と言うには少し低い背丈の爽姫と、20歳らしくしっかりした体躯を持つ陽観という身長差だからこそ表情を隠す事が出来たと言っていいだろう。

「では私はこれにて」

「あっ…」

「ん? どうかされましたかな?」

「い、いえ…なんでもありません」

 まだまだ話したい事は山ほどある。
 だけど、それらを押し殺して、喉元まで出掛かっていたものを呑み込んでしまう。
 この恋心はきっと実らぬ思い。
 蕾が花を咲かせる事無く枯れてしまうようなもの。
 けれどこれでいいのです。
 迷惑を掛ける訳にもいかないのですから。

「そうですか? 暫くは奥の書斎の間で書をしたためています故、何かご用があれば…」

「っ?! はいっ!」

 まさかのお許しが出てしまった。
 これはもしかすると、好機なのかも知れない。
 そう思って心を躍らせていたのを、きっとお天道様は見逃さなかったのでしょう。
 修行を終えてからお邪魔しようと準備をしている間に、まさか風邪をひいてしまうだなんて。


「――ぜぇ……ぜぇ…」

 病気にかかるのもこれが初めてと言う訳ではありませんが、どうにもこれはつらい。
 頭はぼうっとして、どうにも熱っぽいこの感じ。
 元から身体は丈夫な方ではありませんけ
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