心の不浄を全て綺麗さっぱり洗い流してくれるような、そんな澄んだ音が、空気の
振動と共に耳に伝わって来て非常に心地がいい。
ここは家の中だと言うのに、まるで風の吹く草原に気持ち良く寝転んでいるかのよ
うな気分にさせてくれる。
響くピアノの弦が奏でる音色は、瞬く間に聞く者の心を落ち付かせて、頭の中が蕩
けてしまいそう。
「………」
一人の少年が、椅子に座って鍵盤に指を滑らせながら音色を奏で続ける。
一体、それがどれほど昔の事になっただろうか。
――――――――――――――――――――――――――
「………」
埃っぽい書斎に、山積みにされた本たちが一カ所を円にしてバリケードのように積
み重なっている。
どれもこれもペンのインクや修正液で汚れていて、扱いの悪さが一目で分かるだろ
う。
そんな本たちの中に隠れるようにして、一人の青年が机に向かってペンを走らせて
いた。
スラスラと文字を書いている彼の両手には、ビッシリと包帯が巻かれていて、見て
いるだけで痛々しさを痛感させられそうだ。
「……はぁ…………外でも出るか…」
書きかけの紙を裏返し、文鎮のような重石を乗せた青年は、ふと立ち上がると外出
の用意を始めた。
外はまだまだ寒さが残っているようで、厚めのコートを手に青年は外へ出ようと部
屋の扉を開ける。
「…リンシー、ちょっと出てくるよ…」
「ふっふふ〜ん♪…あっ、ヴィント〜♪」
扉を開けた先では、一人の少女が厨房に立って何かを作っていた。
ただ、その少女は明らかに人間では無かったのだ。
容姿はどこからどう見ても10代の少女、いや10代にも満たないかもしれない程に幼
い容姿をしている。
そんな彼女の衣服はとても幻想的で、この世界の物とは思えないような光沢を放っ
ていた。
まぁ、これだけだったらチョイスの残念な娘さんなんだなぁと思う程度かもしれな
いだろう。
だが、振り向いた彼女には、所々に人間の女性との相違点を見て取る事が出来る。
「あのねあのね〜?ヴィントの為にってご飯作ってたんだよー?」
「……ありがとう、リンシーは優しいな…」
「えっへへ〜♪」
明るく笑う彼女の耳は、常人では考えられない程に鋭く尖っていてとても長い。
このような特徴は、主にエルフなどに見られる特徴であったが、こっちは比較的色
々な種族の特徴にもなっているらしい。
次に、背中には胴体ほどの大きさの半透明の翼が生えていた。
コスプレ衣装なんかで見かける事もあるような大胆で斬新で、そして何より煌びや
かな印象を与えるこの羽根は、彼女達がリャナンシーと呼ばれる魔物である事を物
語っていた。
リャナンシー、大昔の伝承や物語に登場する男性に才能や知識を与える代わりに精
気や血を吸って死に追いやると言う魔女、もしくは鬼の事を言うらしい。
だが、そんなイメージをこの少女に抱く事が出来るだろうか?
音符を形取った帽子を被り、サイドポニーをフリフリと揺らす小さな女の子からは
、そんなイメージは微塵も感じられない。
「ねぇねぇ、私ね……最近思う事あるんだー…」
「…うん?どうしたんだ…?」
頭を撫でられて喜んでいるらしく、リンシーは小ぶりな顔をリンゴのように真っ赤
にしながら、手持無沙汰になっている手を体の前で組んで身体を妙にクネクネさせ
ていた。
女の子なら誰しも、恥ずかしい時についつい取ってしまうのではないだろうか。
特に好きな人の前でとか、何か言い辛い事がある時とかに。
「あのね………も、もうお腹いっぱいな毎日だし、ヴィントも毎日一緒だからとっ
ても嬉しいんだけど…」
「………要約すると?」
何か言いたい事がある事はあるらしいが、言いだし辛いのか言うのが恥ずかしいの
か、リンシーは前置き的な説明をいくつも口にして行く。
が、長々と話を聞いていては、言いたい事も言えなくなって会話がちぐはぐになっ
てしまうかもしれない。
だからこそ、ヴィントは話を纏めようとしたのだ。
「セックスレスで悩んでます」
「……随分ストレートに来たな…」
ついさっきまで顔を真っ赤にしてモジモジしていたリンシーだったが、一瞬だけ真
顔になったかと思えばこの爆弾発言である。
さすがのヴィントでも、これには少し引いたと言わざるを得ない。
と言うより、さっきまであれだけ恥ずかしそうにモジモジしていたのに、この瞬間
だけ素に戻ると言うのも卑怯だ。
「やらないか……と言うよりやらせてー!」
「……」
目が血走っているような勢いでグイグイとヴィントの服を引っ張る彼女の姿は、幼
い子供や妖精らしさを微塵も感じさせない。
目の前に居るこの小さな少女は、立派な一人の魔物であり、性に飢えた獣なのであ
る。
「沈黙は承
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