黄牛に突かれる

「……zzz………っと、いかんいかん…」
一面に広がる緑の草原が風に吹かれて揺られる。
それを見ているだけでも心地よくなってしまい、この青年の瞳は徐々に閉じられようとしていた。
丘の上にある大きな樹にもたれかかって、ついつい寝息を立ててしまう。
温かな日差しを受けてゆっくりと安らかに夢の中へ誘われそうになるが、寸前で踏みとどまる。

「……ふぁ〜…今日も異常なしっと…」

「……zzz」
草原の所々で膝を折り曲げてぐっすり眠っている牛たちの数を確認し、今日も定期的に行っている頭数の確認を終えた。
この牧場で放牧している牛の数は現在で15頭。
最近になって赤ん坊が生まれたので、取引で居なくなった1頭の埋め合わせが出来ていた。

「よいしょ……ふっ……ふーーーーーっ!」
いつまでも仕事を放っている訳にも行かず、すぐさま小屋の方へ向かう。
そこには乳搾りの時に用いる特製のドラム缶が置いてある。
その重さは、それほど重い訳ではない。
しかし、その程度の重さだろうともこの青年には持ちあげる事すら困難を極めるだろう。
それほどまでに非力なのだ、この青年は。

「おーい、いつも言ってるが、持ってやっても、いいんだぞー?」

「い、いいん…だぞー?」
小屋の外側から身を乗り出し、まるで定位置であるかのようにその大きな胸をズシリと柵に乗せ、一人の女性が話しかけてくる。
その足元で、同じような顔つきのごく小さな少女が彼女の真似をしようと柵をよじ登っている。
この二人は、この牧場に突然現れた居候である。
ゆっくりとした口調が特徴のこの女性は、「ルル」と言う。
隣で一生懸命に柵をよじ登る少女の母親である。
のんびり屋ではあるが、同時に力持ちだったりも。
そしてその隣でやっと登って一息ついている少女の名前は「リーサ」と言う。
ルルがこの牧場へ居候する事になる理由を作った張本人である。

「だ…だいじょう……ぶわぁっ!?」

「あらら…」

「あらら〜…」
全身の力を振り絞ってドラム缶を持ち上げようとした青年だったが、すぐに重さに負けてその場に倒れ込む。
その刹那、頭上からは勿論ドラム缶が落ちてくる訳で。
頭にそんな重いドラム缶が直撃して無事な訳も無く。
青年は遠退く意識に引っ張られるように地面へ倒れ伏す。

「ばたんきゅ〜…」

「ラディ君、大丈夫か〜?」

「だいじょ〜ぶか〜?」
ドラム缶に押しつぶされて目を回すラディを見下ろし、ルルはその優しそうな表情を向けながらのほほんと心配をしていた。
それに追従するように、リーサも同じようなポーズを取って真似をする。
まぁ、それらはラディには見えていない訳だが。

―――――――――――――

「うぅっ…」
いつ意識を失ったのかも思い出せない内に、ラディは目を覚ます。
目の前に広がっているのは、とても大きな二つの柔らかい何か。
それらが、ラディの目を覆うように乗せられていた。
何なのかの判断に困ったラディは、とりあえずそれらを退かそうと手でつかむ。

「んぅっ…」

「っ!?」
二つの何かが急に喘ぐような声を放つ。
その聞き覚えのある声に驚き、ラディは慌ててその場から立ち上がる。
すると、その何かの正体がやっと分かった。

「……zzz」
そこには、楽な姿勢で座ったまま眠っているルルの姿があった。
彼女の膝は、先程までラディの頭を乗せていた事を証明付けるかのようにほんのりと充血して赤みを帯びていた。
しかも、のんびり屋な彼女だからこそ出来る事なのか、口をバカッと開けて涎まで垂れている。
と、そこから垂れる涎を確認した所で、ラディは自身の顔に違和感を覚える。
まるで何か飲み物を零して、拭きとらずに放置した後のベトつきのような。

「……っ?!///」
自分の頬に手を這わせ、それらを掬い取って見る。
それは、無色透明でただただベタつきを感じさせるのみである。
それらが意味する所は。

「こ、これ…ルルさんの……」
そこまで考えたラディだったが、それ以上の妄想が自分の想像をはるかに超えた物かもしれないと言う恐怖から目を逸らそうとする。
だが、世の中そう上手くは出来ていないらしい。

「うぅん……あれ…あなた……なんでここに…?」

「る、ルルさんっ?!」
グッスリと眠っていたルルが目を覚ましたのである。
しかも寝ぼけているらしく、頭が左右にゆらりゆらりと揺れている。
ボケーッとした顔には涎が大量に付いており、見るに堪えない。

「んぁ〜…」

「……ハァ、しょうがないですね…」
ルルが両腕を広げて、顔を近づけてくる。
それは、ルルがここに居候する事となった時から定期的に行っている事だった。
この行動は、彼女が口の周りを拭いて欲しい時にする物である。
それを分かっていたラディは、彼女の目の前に座り込み、心のドキドキを
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