狐の嫁入り

人は、どうしてドン底まで落ちたら後は昇るだけ、という思考を抱く事が出来るのだろうか。
不幸はどこまでいっても不幸でしか無く、それが幸福に変わる事はほとんど無いと言うのに。

「はぁぁ……」
今日もこの青年、早間 幸助(はやま こうすけ)は道端を歩きながらため息を吐いていた。
それと言うのも。

「うふふ、それでですねぇ…あぁっ!?」

「っ!?」
斜め前を歩いていたカップルらしき男女がいた。
見た目からして女性の方は魔物娘、それもぬれおなごなのだろう。
その女性が、提げていたカバンから何かを取り出す。
そこまでは良かったのだ、そこまでは。

「ご、ごめんなさぁい!」
その取り出した何か。
それは、女性がよく持っているであろうかんざしだった。
ぬれおなご等のスライム系の娘が持っていても錆びるのが早くなるだけなのだろうが、それでも持って置きたいのだろう。
そんなかんざしが、浩介の首筋を突きさしたのだ。

「わっ!だ、大丈夫ですかっ!?」

「わ、わ、わたし…」

「大丈夫ですよ…」

『えっ?』
首に突き刺さったかんざしは、確かに幸助の身体を突いていた。
慌てて男が幸助に声を掛ける。
その後ろでは、ぬれおなごが半狂乱になって自分を責めている。
しかし、幸助は何も無かったかのように立ち上がると、かんざしを引き抜いて二人に渡す。

「……」
まるで何かに憑かれているようにドンと思い空気を放ちながら、幸助はカップルの元を去っていくのだった。
それから先も、幸助はジョロウグモの糸に絡まったり、河童に相撲をしかけられたりと不幸続きだった。

―――――――――――――――――

「はぁぁ…」
これまたため息を吐きながら歩いていると、幸助の少し前方にとっても小さな祠を見つけた。
本当に小さなもので、一目見ただけでは鳥の巣箱にしか見えない。

「…ん?」
なんでもない、ただの好奇心。
それは猫をも殺すであろう好奇心。
それに導かれ、幸助はその小さな祠の扉を開けた。

「……こりゃひどい…」
中にあった物。
それは、泥まみれになっている石彫りの稲荷像だった。
狐の姿に九本の長くしなやかな尾、そして手には言わずと知れた稲荷寿司。
ただしかなり小さく、手のひらサイズ。
そして何より、誰の悪戯なのか泥だらけになっていた。
これならと思い、幸助は祠から稲荷像を取り出すと、周りをキョロキョロし始める。
傍から見れば挙動不審者以外の何物でもないだろう。

「誰がこんな事したんだろうな…」
ぶつぶつ言いながらも、像の泥を落として行く。
どうやら乾き切っていたらしく、水を付けて少し擦ってやると簡単に剥がれ落ちていく。
剥がれ落ちていく事に多少の面白さを見出した幸助の手は止まる所を知らない。
結局、稲荷の像が完璧にピカピカになるまで磨いているのだった。

「……あっ!もう戻らなきゃ…もう汚されるなよ?」
稲荷の像を元あった祠に戻した幸助は、扉を閉めて自分の居場所へと戻っていく。
気が付けば周りは紅く染まり夕焼けが映える空へと変わっていた。

「……」
祠の傍の茂みから、駆け行く幸助の姿を覗く瞳がある事に、幸助は気付く筈もない。

――――――――――――――――――――

「ただいま戻りましたー!」
幸助が帰って来た場所。
それは、この辺りで一番大きなお城であった。
その名を『薙坂城』と言う。

「あら、幸助さん。姫様が探しておりましたよ?」
幸助を見つけたらしい女性が、幸助に声を掛けてくる。
この女性は『麻里』と言う、ここの当主の侍女である。
幸助が城の雑用として雇われるより前から働いており、人数はごく少数ながらも大奥の頭らしい。

「姫様が?」

「はい。ご機嫌が悪くならない内に行ってあげた方が良いですよ?妙に嬉しそうな顔をしてましたから」

「はぁ、分かりました。」
そう言ってその場を離れ、離れた場所にある玄関で靴を脱ぎそのまま姫の居るであろう部屋へと向かう。
途中でまたもやバッタリと麻里と出会って、そのまま二人で姫の部屋へ向かう。
今更になってしまうが、麻里の出てくるタイミングが狙っているようにしか思えない。

「姫様?入りますよー?」

「幸助かっ!?入れ入れっ!」
どうやら相当にご機嫌なようだ。
扉の向こうから聞こえてくる声の調子が跳び上がっていて、喜びに満ちている。
別に変な特殊能力を持って居なくたって分かる程に、姫の声は自分の機嫌のよさを表していた。
余談ではあるが、ここの姫はまだ14才の少女である。
しかし、その年齢とは不相応な程大量の英才教育を受けた結果、なんでも頭ごなしに考える理論派な人間になってしまっている。
そんな少女がここまで喜ぶのだ、相当な事に違いない。

「聞け!幸助に麻里よ!あの引き籠りだった澄乃姫が!」

「引き籠りに関し
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