くものいと

積み上げられた本の山、山、山。
本の山が嫌になるほど並ぶ中に、少年は確かにいた。

「……」
顔の上に開いたままの本を乗せ、グッスリと眠っている少年。
彼にはここでの確かな仕事があった。
それは、『ここにある本の内容を完璧に覚える事』
普通の人間なら発狂しかねない程の量の本の内容、その全てを覚える事である。

「………んん…?」
永い沈黙を続け、これからも静寂を守り続ける筈だった部屋に、不気味な物音が一つ。
それだけでも、少年が目を覚ますには十分だった。
眠りから覚めたばかりの虚ろな瞳で辺りを探る。
だが、人影一つ見つかりはしない。

「……?」
暫くキョロキョロとしていた少年だったが、直ぐに眠気が襲ってきて目を閉じる。
かれこれ5日は眠っていないのだから当たり前だろう。
しかし、その眠りを遮るかのようにまた物音が聞こえる。
それも今度は部屋の中などと言った曖昧な物では無い。
自分の耳のすぐ傍から聞こえてきたのだ。

「…っ?!」
それに驚いて目をバッと開く。
すると、目の前にはニッコリとした笑顔をこちらへ向ける少女が顔を覗きこんでいた。

「……君は…?」
最近は人と会話する事すら希薄だった少年だったが、会話そのものを忘れてしまう様な事は無かった。
眠気を隠そうともしない様子の少年を余所に、少女は少年の服の文字に興味を示していた。

「……これ、なんてよむの?」
少女からすれば分かる筈も無いような難しい漢字。
その連なりが、少年の服には綴られていた。
『覇宝 将門(はほう まさかど)』と書かれたその文字は、少年の名前を現わしている。

「……まさかど、だよ…」

「まさかど……まさかど〜♪」
将門の名前を理解すると、少女は将門へ抱きつこうとしてきた。
しかし、それを余裕を持ってかわしてみせる。
だがまぁそれで少女が諦める訳ではないのだが、やっとこさ起き上って少女の全体像が見えた。
全体的に幼い容姿で、名前を呼んだ時も呂律が回り切っていなかった事も考慮すると本当に年端も行かない少女なのだろう。
大事なのはそこでは無い。
彼女の下半身部分にあるべき足は、まるごと蜘蛛の胴体にすり替わっているかのような容姿をしていたのだ。
そのまま人を刺す事も出来てしまいそうなほど鋭い脚。
いくらでも糸を精製出来るであろう蜘蛛の腹。
それらは、彼女が人間では無く魔物の類である事を証明付けていた。

「……なんだ、魔物か…」
魔物に対しては排他的では無い方な将門であるが、だからと言って魔物が好きと言う訳でも無い。
言うなれば、興味が無いと言ったところか。
眠気もピークに達しているし、こんな少女が過ちを犯そうと言う考えを持ち合せているとは到底思えない。
そう考えた将門は、寝転がって再び瞼を閉じて眠りの世界へ落ちて行く。

「まさかど…?まさかど〜…」
グッスリと眠ってしまいそうな将門を起こそうと、少女は将門の肩を掴んで揺する。
前に後ろに揺らす度に将門の頭がグラグラと揺れるが、それも気にせず少女は将門の肩を揺すり続けた。

「将門さ〜ん!今日もお話きかせ……」

「…ふにゅ?」
突然、カビが生えそうな程に閉め切っていた襖が開け放たれる。
その先には、元気旺盛そうな少女の姿が見えた。
今日もいつものように何かの話を聞きにきたに違いない。
だが、今日はいつもとは少し状況が違っていた。

「ま…ま…まもの〜?!」

「ひぅっ!」
元々、魔物が人間と分かり合うには相当な時間を要する。
今回の場合は、お互いにその時間が足りないのだ。
だから、互いに驚いたような反応を見せる。

「……んぁ…美也ちゃんか…」

「ま、将門さんっ!どうして魔物なんか…」

「いや、さっき勝手に湧いた…」
眠っていた将門だったが、遂には周りの五月蠅さに眠気も逃げてしまう。
身体を起こして適当な場所に座るスペースを作って座る。
すると、それを待っていたかのように蜘蛛の少女は将門の膝の上に飛び乗った。
どうやら自分の足が刺さると痛がると言うのを分かっているらしく、座る際に足を畳んでくれている。
気遣いへの礼を込めて頭を撫でてやると、彼女は明るい笑顔を向けて来た。

「勝手に湧いた……って、将門さんっ?!」

「ん〜?何だい?」

「何だい?じゃないですよ!魔物ですよ?ま・も・の!」

「まさかど〜…」
驚きと恐怖で動揺しているのか、少女は何度も将門へ怒鳴る。
それら全てを笑って聞き流す将門。
暫くしない内に、蜘蛛の少女が将門の服にしがみ付いてくる。
原因の推理は簡単だ。
単に、怒鳴り続ける美也を怖がっているだけなのである。
なので、少女の頭を撫でてやると少しは落ち着いたようで、涙目で「だいじょうぶ?」と問いかけてくる。
日本語とは実に難しい物で、少女の聞いてきた事の意味でも「
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