化け猫の穏返し

右からも左からも老若男女様々な人の声が聞こえてくる。
皆、目の前に出された物を競り落とすのに苦労しているのだろう。
店から買うよう指示されて買いに来た者や、自分の店に使うと言う理由から買い求めて来た者。
その他大勢の人々が大声で言い値を言い合って競っている。
次に目立つのは何と言ってもこの海独特の潮の香り。
そして次に、この様な場所でしか匂わないような魚臭さである。

「こっち!1万5000だ!」

「なら、こっちは16000!」

「おーい!2万で頼む!」

「ならこっちは22000だぁ!」
どうやら今は、アンコウか何かを競り落としているようだ。
相当に大きく長生きしていた物を捕えたらしく、今日一番の値張りモノになるだろう。

「はぁ、なんで俺はこんなに才能…ないんだろうなぁ……」
そんな中俺は、全然競り勝つ事も出来ずに一人さびしく隅の方でしゃがみ込んでいた。
声を出そうが金を持っていなくては意味が無い。
店から格安で競り落としてこいとは言われたものの、流石に渡された金が少なすぎるのだ。これだと、俺の給料1日分

よりも安いだろうな。

ニー……

「んっ?猫…」
俺の目の前に猫がやってきた。
どうやら腹を空かしている小さな子猫らしい。
何日も食べていないのだろうか、その足取りはフラフラしていて、見ていてハラハラさせられるばかり。

「どうした?腹減ってるなら…」

「まぁた子猫か。ボーズそこどけ。追っ払うからよ」
そう言って出しゃばって来たのは、どうやら大物も何も獲れず鰯や鯛などを売っているらしい男だった。
売上で言えば、そこそこ買いに来ている者も多いだろうに。
そんなにすぐ近くの者が大物ばかり獲って来た事を悔やんでいるのか。
まるで子供の様な理屈で笑いがこみ上げてきそうだ。

「しっしっ。テメェらに喰わせるメシなんざ無いんだよっ!」

「……オヤジ、売れ残ってる質の悪いヤツでいい。魚くれ」
今思えば、俺は何でこんなことをしようと思い至ったんだろうか。
別に、あの猫の買い主でも無ければ育てている訳でも無い。
だが何故か、あの猫に少しでも恵んでやりたいと思っていた。
オヤジが何度も止めようとすが止めるものか。

「……ほれほれ、うまいか?」

ニー……

「そうかそうか…」
どうやら味としては気に入ってくれたようだ。
物凄い勢いで鰯を一匹平らげてしまった。
もう頭のアラと骨程度しか残っていない。
マンガ等でそんな描写を見るだろうが、見た目と全然変わりが無い。
まるでわざとそういう形になるように遊びながら食べていたかのよう。
因みに内臓類は、保存によくない為釣りあげた時にでもかっ捌いて取り出した後だったのだろう。

「よっし、それじゃ俺もそろそろどこのを買うか探して…」

「次は〜、カリュブティスカイヨウマグロだよ〜?」
フジツボからマグロの身体が生えたような構造をしている、泳ぐのには絶対適さない身体を持つマグロの仲間である。
形状的にはカニの仲間と勘違いする人も多いと言われる。
海底の大きな岩や岩盤などに噛み付いてくっつき、そこで暫くの間は食事と休憩だけで過ごす。
その間は完全に無防備な為、素潜りでも捕まえる事が出来るほど。
しかも通常のマグロと比べて泳ぐのも遅いし逃げるのも下手だ。
以上、つたない魚知識でした。

「そういやアレだっけ?テンチョーが買ってこいって言ってたの…」

ニ〜♪

「よしよし、もう飯に困ったりするんじゃないぞ〜?」
そう言えば、何故この猫はとても人懐っこかったのだろう?
さっきだって、普通ならパッと奪っていくようなものを小さくお辞儀をして受け取っているのだ。
一発芸を仕込まれた事でもあるのだろうか。
そんな事を思いながらも、猫の食事風景を見ているのは少し癒される気分になる。
モリモリと魚を食べているのを見ていると、なんだか心の中が洗われるような感じ。
だって気が付けば3匹目をあげていたのだから。

ニ〜♪

「ん?どうした?親の所に帰らないのか?」
飯もやったし少しだったが遊んでやった。
そうまですれば疲れも出てきて帰るだろう。
その方が、店のオヤジも怒らないし、一番良い解決方法な訳だ。
そう思っていた俺の儚い予想は、音を立てて崩れ落ちた。
帰らないのだ、猫が。
足に摺りついて来て離れない。

「おいおい、俺は飼ってやれないぞ?ウチは動物禁止だからな?」

ニ〜……

「落ち込むなって。その内に、もっといい飼い主が見つかるさ」
正直、心底そうであってほしい物だ。
ここに来る途中で何匹もの猫の死骸を見つけたのだから。
こんな子猫があれの仲間入りは寝覚めが悪い。
だが、どうする事も出来はしない。

「……分かった、上と交渉するよ…」

ニ〜♪

結局、子猫は買い物を終えるまでベッタリくっ付いて離れなかっ
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