暗闇からの声

「……」
少年は迷っていた。
と言うより、前も後ろも右も左も分からないのだ。
そう、彼は失明しているのである。
目を常に閉じている為から、周りの人たちからは憐みの言葉を掛けられ、それに自分では気付く事も出来ない。
心配してくれているのだと解釈すればそこまでだろう。
だが、彼はそれで納得する事は無かったのだ。

「…僕を呼んだのは……君か?」
少しずつ、手探りで前へ進んでいた彼は、途端に立ち止まると背後へ声を掛けた。
すると、一人の少女の笑い声が聞こえてきた。

「フフフフッ♪お兄さん、今一人なのー?」
声の調子や感じ方からしてまだ子供の様だ。
背後に居るというのは分かったのだが、正確な位置は分からない。
いつもなら足音の数で人数を聞き分ける事も可能な彼だが、彼女にはその足音がなかったのだ。

「えぇと………なんて読むのこれ〜?」
どうやら服に施してあるネームプレートを読みたいようだ。

「これは、ヴァイス・ナィドって読むんだよ?」
他国から来て貰った友人に、その国の言葉で書いてもらったんだ、分からないのも無理はない。
それにしても、ここはどこなんだろう。
家から出てからの記憶が曖昧だ。

「それじゃ…ヴァイスお兄ちゃん♪」
お兄ちゃん、なかなかいい響きじゃないか。
一人っ子のまま育って来た所為か、そう呼ばれるのがとても新鮮な気がしていた。
実際、近所の子供と遊んでやる時も「ヴァイスさん」や「ヴァイス様」と呼ばれてたのだからしょうがないか。

「ん?なんだい?」
どこに居るかも分からない。
そんな状態でも、会話は出来るのだ。
戦士なら武器を、狩人なら弓や銃を使うのと同じように、私は口が使える。
逆に言えば、言葉でしか僕は行動を起こせないのだ。

「えへへ〜♪呼んでみただけ〜♪それにしても、なんでこっち見ないの?」
どうやら、そのまま背後にいたらしい。
気配が近づくにつれて、風を優しく斬るような音が聞こえるが気にもならない。

「あぁ、目が見えないのさ。ほら、目をゆっくり閉じてごらん?」
それが、僕の見ている世界だ、と言おうとして自分の愚かさに不快感を覚えた。
自分の見ている、こんな寂しい世界をすぐそこの少女に見せたいと思った訳ではない。
ただ単に、これまで子供たちをあやす時に用いていた事を彼女にもしているだけだ。

「…なんかかわいそう………そうだっ!」
何を思い付いたのかはだいたい想像が付く。

「私がヴァイスお兄ちゃんの目になるの!どう?名案でしょ?」
実に迷案である。
それと同じ事を、今までに何人の子供たちが言ってきた事か。
始末の悪い事に、そんな事を言っていた子供たちは私を見つけると我先にとリードしようとしだすのだ。
まぁ、子供だから兄的存在を慕ってくれているのならそれでいいのかもしれない。

「ねぇってば〜!」

「っ?!」
彼女に足音が無いと思った私の考えは正しかったようだ。
いつの間にか前に回り込んでいた彼女は、今は僕の肩を揺すっている。
そして、その肩にある感触は指では無く胸。
つまりは、彼女は今、僕の肩の上に寝そべっているのだ。

「…君は、一体……」

「ふぇ?私?私はベル。フェアリーのベルだよ?」
やはりそうだ。
僕の住んでいた所ではあまり見なかったらしいが、いつの間にかフェアリーの縄張りに来ていたらしい。

「あぁ〜〜〜っ!?そうだった〜〜〜!?」
耳元でいきなり大声を出すものだから、僕の鼓膜は破けそうだった。
暫く耳鳴りが続いていて、ベルの声も聞きとれない。

「――――――があって、ここに居ちゃいけないんだった!」
何があるのかを聞き逃してしまったが、どうやらここにいてはいけないらしい。
それに、先程からベルが僕の服をグイグイと引っ張っている。
まるで無理矢理この場から立ち去らせようとしているようにすら感じる。
ついて行くが、やはり足元が不安定な事もあってか足取りが遅い。

「はやく!はやくぅ!」

「そう急かさないで……」
とは言ったものの、先程から異様な空気が漂っていると言うのは感じ始めていた。
まるでもうこの森から出られないと教えるように、その空気は一気にゾッとする物になった。

「あっ……始まっちゃった…」

「始まったって…なにが…」
そう言うが早いか、ヴァイスの身体に違和感が現れる。
いつもと同じに感じるがどこか違う空気の質。
それは、明らかにここではない何処かへ転移させられたのだと分かった。
先程までたまにカラスが鳴き声を上げ、虫たちが鳴いていた森から一変して、今のこの森にはその類の音が全くしないのだ。

「……あれっ?迷い人?」

「ん?男の人…?」

「なんでこんな所に…」
聞こえてくる少女の声、声、声。
どうやら、周りで何人かの少女が話し合っているようだ。
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