走るうちに、森がその枝に葉をつけ始めた。下を見れば、落ち葉と肥えた土。館をずいぶん離れ、いかにも、普通の森、という風情になってきた。
エルンストはもうずいぶん後ろで付いてこれていない。道を見失ってはいないと思うが、とヴァーミリオンはふと振り返る。だが今は一刻を争う、少しでも誰かが速く向かうべきだ。彼女はそう判断し、日陰から日陰へ一跳躍で加速する。万全の力の百分の一も出せないが、それでも数メートルを一足飛びにする速度には、さすがに人間は付いてこれないだろう。
緑の生い茂る森。ここに暮らす魔族といえば、奴らしかいない。群れの気配を感じ、一際大きく跳躍して、開けた草原に着地すると。
「…へぇ。本当にきやがったのかい、クソ吸血鬼。」
まず無数と形容して良い数の、毛皮を身に纏った女…アマゾネスが、槍や弓矢を手に、凶暴で嗜虐的な目をこちらに向けていた。
そしてその中央には、一際荒々しく美しい、今しがた言葉を発した女戦士が、その隣に、いつぞや取り逃がした聖歌隊の男を従えていた。
ヴァーミリオンは冷たい表情で一歩進み出る。あざ笑うようなアマゾネス達の視線を意にも介さず…しかし、それ自体が刃物のようですらある、聖歌隊の男が向ける憎悪の瞳だけは無視できないようにチラとそちらを見遣った。
「…意趣返しのつもり、かしらね。…自分から攻めてきておいて。…血袋の考えることはつくづく分からないわ。」
「…アイツを、」その男は奥歯まで剥き出しになるほど口角を釣り上げ、「早く黙らせましょう、ゾネット…。」
暗い声で、傍らにいるアマゾネスのリーダーに呼びかける。ゾネット、と呼ばれた女戦士の長は、美しい顔を笑いに歪ませた。
「おいおいジョナサン、ちょっと落ち着けって。ここまではアンタの言うとおりじゃねぇか。ここから先もアンタの言うとおりにして、それからあのクソ吸血鬼をブチ殺そうぜ、なぁ?」
ヴァーミリオンはそのやり取りもまるで聞かず、さらに数歩踏み出しながら、
「ゾネット、と言ったかしら。…ハレルを早く返しなさい。今なら、それで…日が暮れるまで、貴方達が逃げるのを待ってあげるから。」
「ハァ?逃げるって誰がだよ?アタシらを笑わせたいなら裸踊りでもやってみせろやクソ野郎。」
ゾネットはまるで恐れた様子もなく、下卑た冗談を飛ばす。周囲を囲むアマゾネスがそれぞれに笑い声を響かせる。
「聞こえなかった?ハレルを出せって言ったのよ。」
いよいよ怒りに余裕を失ったヴァーミリオンがさらにゾネットとジョナサンに向かって歩み出す。日光で力を失っているとは思えないほどの迫力にも、アマゾネスの長は目を細めて笑う。
「あーあー、分かったって。よっぽど大切なんだなぁ、あのジジイがよぉ。…おい、見せてやんな。」
近くで固まっていたアマゾネスに向かって首をしゃくると、彼女たちはニヤニヤ笑いながらバラバラと散らばり、そしてそれから見えてきたその中央には。
「…訂正するわ。」吸血鬼の少女は、牙を剥き出しながら歯を食いしばる。
その中央には、ハレルが、左腕を切り落とされた傷口からまだ血を流しながら、全身に槍で突かれた傷を負って、丸太に縛り付けられていた。アマゾネスの一人が、また面白がるように彼の腹に軽く手槍を突き刺す。既に、呻き声すら上がらない。
「貴様らは、もう生かしておかない…!」
その様子についに堪忍袋の緒を切ったヴァーミリオンが、爪を振り乱して駆け出す。ハレルまでの距離を中程まで来たところで。
「ハッ…!考えなしかよ、太陽の下でよぉ!」
ゾネットが叫び、右手を振り上げた。
いつの間にかアマゾネスたちは、弓矢をつがえて、理想的な包囲を築いていた。リーダーの手が、振り下ろされると同時に、殺意に満ちた矢が、嵐となって、力も魔力も日光に封じられたヴァーミリオンに襲いかかる。
しかし彼女は、前進を止めず、その障害となる矢だけを最小の動きでかわす。まるですり抜けるようなその回避に、ハレルを取り囲むアマゾネスの一団が目を剥く。
彼女たちが慌てて蛮刀や槍に持ち替えようとした、その一瞬に、ヴァーミリオンは既にその一団の中央に潜り込んでいた。決してその動きは速くはない。しかし、力でも速さでもなく、ただ技量のみで、『四紅』の少女は、
「…力も魔力も無くても。貴方達と私では、年季が違うのよ、お嬢さん達。」
10名のアマゾネスの、頸動脈、心臓、肺、その他考えうるあらゆる急所を爪で切り裂き、血飛沫の中でゾネットとジョナサンに気怠げな一瞥を送った。
未だ余裕の表情を崩さないゾネット、まずます憎悪を燃え上がらせるジョナサン、そして周囲で絶命し倒れ行くアマゾネス達を気にもとめず、ヴァーミリオンはハレルの縄を解き、彼に語りかける。
「ハレル、ハレル!無事なの、大丈夫なの!?」
打き抱え、
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6 7]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録