ハレルと親しくなり、良く話すようになったことで、間接的にヴァーミリオンとの距離も縮まった、というのは現実問題として大きい。エルンストはすでに翌日起きだした夕方には、それを実感していた。
起きて割り当てられた部屋を出て、広間に歩いて行くと、中央を、ヴァンパイアの少女、ヴァーミリオンが横切っている最中だった。向こうもこちらに気づいたらしく、眠そうな目を向けてくる。
「これはどうも、お早うございます…で、いいんですかね。」
「本当に、ずいぶん早く起きてしまったわ。日が沈む前に起きるなんて、何年ぶりかしらね…。」
それだけ言って、さっさと歩いて行ってしまおうとする彼女。しかしエルンストは、その後姿に奇異なものを見つけ、一瞬迷ってから、
「…そういえば、昨日、ハレルさんとチェスをさせて頂きましたよ。…お強いですね、彼は。」
「あら、そう。それはさぞ、盛大に負けたのでしょうね。」
「いえ、ギリギリで、運良く勝ちを拾うことが出来ましたよ。」
「…冗談、でしょう…?」
本当に驚いた様子で、ヴァーミリオンが体ごと振り返る。見開かれた眼は昨日の一戦以来に見るが、こうしてみると割と童顔である。
「貴方のような若造が…あのハレルに勝てるわけが…。」
「いやはや、本当にハレル翁はお上手でしたよ。私如きが勝てたのは、実に幸運で…。」
「幸運で…勝てたら苦労しないわよ…!」
今度は目を閉じ、苛立った様子で珍しく声を荒げる。昨日の無表情一色という印象から変わって、こちらの少女にも、急に親しみが湧いてきた。
「どうせ嘘よ。…いいわ、ハレルに聞いてあげる。…絶対に、信じない…」
「いえお嬢様、本当でございます。」
噂をすれば何とやら、ハレルがゆっくりとヴァーミリオンの後ろから現れた。彼女はちらと後ろに目をやり、渋い顔でため息を付いた。
「…才能ってあるのかしらね。本当に忌々しいわ、エルンスト…この血袋は。」
「お褒めに預かり光栄です。名前も、覚えていただけたようで。」
恭しく一礼する。それを憎々しげに見つめた後、ヴァーミリオンはふっと力を抜き、口元に軽く笑みを浮かべて、
「エルンスト、貴方…後ろ髪跳ねてるわよ。間抜けね。」
と言い捨てて、そのまま去っていった。後ろ髪に手をやると、確かに寝ぐせが立っている。エルは苦笑しながら肩を竦め、ハレルと顔を見合わせた。彼女が十分遠くまで行った事を確認してから、口を開く。
「いやはや…『私も』、ですか。それは気づきませんでした。…ハレルさん、彼女の髪は…」
「ええ、気付かれないうちに。いつもそうしております。」
ハレルが後ろ手に持っていた櫛を出す。やはりそういう事だった。最初に、ヴァーミリオンのストレートに伸ばした金の後ろ髪の一部が可愛らしく跳ね上がっているのに気づいたときに指摘しなかったのは正しかった。
「お心遣い、誠にありがとうございます、エルンスト様。」
「いえいえ、それより私も寝癖を直したいので…櫛を貸して頂けませんか?」
「それは出来かねます。」ハレルは穏やかな笑顔のまま答える。「これはお嬢様の為の櫛ですので。」
「それは失礼。手櫛で何とかしますか…ああ、そうだ。」一礼して去ろうとしたハレルを呼び止める。
「せっかくこういう所に来たのですから…少し、お願いしたいことがあるのですが。」
「はい、私めに出来る事であれば何なりと。」
エルは一つ咳払いをして、手を広げ、話し始めた。
「このような歴史ある場所でしたら、さぞ文献も多く残っておいででしょう。『四紅』の話などについても詳しい書物があるかもしれません。単純に好奇心ですが…宜しければ、見せては頂けませんか。」
「左様ですか…それは、私からは何とも申し上げられませんな。」申し訳なさそうにハレルが言う。「文献、と申されましても…ここにそのような物があるかも、存じません。お嬢様にお取次ぎしてみましょうか?」
お願いします、と一礼して、ハレルを見送る。少しヴァーミリオンとの距離は近づいたと思うが、そこまでの頼みが通るほどの仲にはなっているだろうか、とエルは自問しながら首をかしげた。
結果、許可はすぐに降りた。最もそれはエルンストのネゴシエイターとしての腕や目とは関係なく、
「本?そういえば地下にあったわね。…あれの何が面白いのかは知らないけど、読みたいなら勝手になさい。興味ないわ。」
という、そもそもヴァーミリオン嬢がまるで本を読まない上その価値にまるで無頓着であったという結果だが。
まぁとはいえ、地下書庫に向かう階段を、先頭に立ってランプで道を照らすハレル、その後ろを歩くエルンストのさらに後ろから優雅に歩いて来る彼女の姿を見ると、少しは気を許してもらっているらしい、とも思える。
ハレルもまるで来たことがないというその地下書庫は物々しい鉄の扉で閉
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