第三話 時間 ヴァンパイア 一章

「…サングラス、500丁…はい、確かに。」
 リストに落としていた目線を戻し、宮廷魔術師エルンスト・マクスウェルはいつも通りの完璧スマイルを、目の前の、停まった馬車の御者席に座る男性に向けた。
「注文通りですね、ありがとうございます。…それでは、この後の手順は理解しておられますか?」
 馬車からその男が飛び降りる。ローエンハルト城下町のとある大通り、日が暮れなずむ中、旅靴が石畳を打つ音が静かな町に響く。飛び降りるやいなや屈伸を一つして、その男は気さくな笑顔で応じてきた。
「あいよ、マクスウェルさん。メデューサの里までこいつを運べばいいんでさぁね?」
 蓮っ葉な言葉遣いで答え、無精髭をいじりながら彼は荷台を指差した。何度か王宮から仕事を頼んだことのある馬車屋で、エルとは面識がある。
「ええ、ご苦労様です。…護衛に3小隊を手配しました、明朝には合流できるはずです。」
「こりゃどうも。…ま、今夜はローエンハルトでゆっくりさせてもらいまさぁ、いやぁ疲れたぁ…。」
 この間レナード・ドイスに与えたサングラスだが、ふと、メデューサ等の、いわゆる『目を見てはいけない魔物』にも、効果があるのではないかと思い立ち、とあるメデューサの集落と、これを試してみて欲しいという交渉を交わし…いやはや、なかなかいろんな娘がいて楽しめた…そして、産地からこれを運ぶ馬車が、通り道のローエンハルトで休んでいるのだ。
「ぁあ…マクスウェルさん、この近くで…こう、美味い酒が飲める店ってありやせんかねぇ?お暇なら、一杯いかがっすか?」
「…そうですね、ご案内しましょう。…本来なら、女性にご同伴を与りたいところですがね。」
「ハハッ…違ぇねぇや。」
 馬車を預ける手配も、そんな会話の合間に済ませ、歩き出す。多くの土地を回る馬車乗りは、多くの土地の情報を持っている。町酒場に向かう道すがら、話を聞いてみた。
「…南の方は、新魔族との和平より前に、だいぶ彼女たちに攻め入られていましたが、最近はどうなんでしょうね。…そちらの方へ行った事は?」
「ああ、こないだチラッと寄りましたわ。魔物のお嬢ちゃんたちも、割とおとなしくしてたんじゃないですかねぇ。やっぱほら、共存できるとなりゃ向こうもそれなりにこっちの顔を立ててくれんでしょ。」
 そんな話をしているうちに、日が暮れ、暗くなってくる。決められた時間になると、魔術で管理された灯火がともる。その、太陽の光も無く、灯火もまだつかない、空白の時間が、どうしてもある。
 その時間は決して長くないが、路地を通ったりするとかなり暗い。その夜闇にまぎれ、御者の歩く近くで何かがよろめく気配を感じて、エルンストはそちらに眼を凝らした。
「…おや、大丈夫ですか?」
 見れば、年老いた男性が、杖を投げ出して倒れていた。カラン、と杖が地面に落ちる音に、御者も何事かと振り返って、慌てて駆け寄ってくる。
「おお…大丈夫じゃよ…」その老人は、弱々しいながらも嗄れた声で応じ、立ち上がろうとするが、上手くいかないようで、「…すまんが、杖を取ってくれんかのぉ?」
「こりゃすいませんね、爺さん。杖を蹴っ飛ばしっちまったみてぇだ、いやホントに悪かった。」
 御者が、ペコペコと謝りながら杖を拾う。エルンストは老人に肩を貸し、立ち上がらせた。
「何…大丈夫じゃ、構わんよ。」
 かすかな明かりの中で、杖をついて立ち上がった老人の姿を見ると、来ている着物や持っている杖は、明らかに上質なものであった。こういう所を住処にする人ではないと感じ、エルは質問した。
「ご老体、どうしてこんな路地裏を?そろそろ表通りにも明かりがともる頃です、足元が危ないですよ?」
「うむ…気にせんでくれ。儂は…暗いほうが落ち着くのじゃよ。人ごみはどうも好かんでのぉ…。」
 しわがれていながらもどこか深みを感じさせる声や、ゆったりとした仕草からは、東洋にいると言われる仙人を思い浮かべさせられた。
「…まぁしかし、ローエンハルトのお城へ行こうと思えば、そうも言っておれんのかのぅ。」
「爺さん、お城に用があるのかい?何ならお詫びに、馬を出すぜ?」
「おお、そりゃ助かるわい。…正直もう、腰がのぉ…。」そこで老人は腰をさすり、溜息をつく。「城、というか…そこにいる、魔術師に用があるんじゃよ。最近、魔物と人間の揉め事を解決しとると言う…エルンストとか言う…」
「おや、それなら丁度良かったです。」エルはそれを聞いて笑みを浮かべる。「私がエルンスト・マクスウェルです。…して、ご老体、どういったご用向きでしょうか?」
 老人に向かって一礼すると、体の前に出したエルンストの手を、老人が取った。掴む、というにはあまりにも素っ気のない動きだったので、反応できずになすがままになる。老人は無言で、エルンストの手をじっと見つめている。さす
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