21歳の若さではあるが。宮廷魔術師エルンスト・マクスウェルは、一面の白、一面の赤、一面の緑に一面の桃色…まぁ花畑にはいろいろあろう。一面の白、といえば雪景色のことだ。赤は、バラ園も見たが、ひどい血の海だって見たことがある。さて話がそれたが、大抵の色が大地を覆い尽くすのは見たことがある。しかし…一面の青、それも濃厚なサファイアブルーを見たことは未だかつて無かった。いささか気分が悪いのは、たぶんその色のせいだけでは無いのだろうが。
エルンストは黒に銀をあしらったマジシャンローブを纏い、船の舳先に取り付けられる女神像にも似た意匠が施された杖を少し持ち上げながら、ぬかるむ青い大地を踏みしめ歩き続ける。その少し先には、女性の姿が、滑るように先導していた。
「ふぅむ…まぁ、さすがに上物、なんですかねぇ…。」
どこか苦い笑いを浮かべながら、エルンストはその姿を見定める。聞こえたのだろうか、彼女が動きを止めて、こちらに向き直った。大地と同じ青い色の、一糸纏わぬ女性の姿。スライム、である。愛らしい顔は無表情のまま、少し首だけを傾げる、その仕草も実に男心をくすぐる。
「いえ、あなたが美人だ、というそれだけの話ですよ。」
今度は完璧なスマイルでサラリと歯の浮くようなセリフを出して見せる。町娘も宮廷のメイドも貴族の令嬢だろうが虜にするその笑みに対し、スライムは全くの無反応で前に向き直った。
「おや…まぁ、いいですけどね…。」
少し肩をすくめ、また前に進んでいくスライムを追うように、彼は再び青いスライム体を踏みしめて歩き出した。
(成程…自意識があるようには見えない。これが、中枢の女王に統制されると言うことか…)
歩きながら、首を巡らせて周囲を見回す。見渡す限りの青、1キロ四方にも及ぶだろう。スライムの変異体にして上位種、クイーンスライム。その中でも、観測されている中で最大級と呼ばれる個体…通称『メガロポリス』。エルンストはその中心部、即ちこのメガロポリスの女王を目指していた。
通常ならば、この中を歩くことなど自殺行為…いや、死ぬわけではないか。しかし、外縁部で兵士役のスライムに捕まり、彼女の誘惑に心が動く頃には数体のスライムに取り囲まれている。散々快楽漬けにされて抵抗力を失った挙句、女王へ献上され、二度と人里へは戻れない。クイーンスライムに接触した時点で、そういう天国みたいな状況が待っている。
それはそれで悪くないのだが、エルンストがそうならないのにはある理由がある。
端的に言えば。これが、エルンスト・マクスウェルの、魔物とのネゴシエイターとしての、初仕事なのであった。
それより少し前の事。エルンストは、自身の仕える国、ローエンハルトの王城にて、直々に国王に呼び出されていた。跪くエルンストに正対して、ローエンハルト国王が椅子に深々と腰掛けている。そして、その口から伝えられた言葉は、驚くべきものであった。
「…魔物との、共生…ですか?」
「うむ。…元老院、市民議員、全ての決議により、今朝決定した。」
冷静沈着を以て任ずるエルンストではあるが、これには度肝を抜かれた。これまで数年間、ローエンハルトは魔界軍との戦闘を続けており、現在その状況は膠着状態にあるとはいえ、既に領内の村はいくつか魔物の手に落ちている。
「…まぁ、ローエンハルトは魔術の国ですからね、教会の影響力も強くはありませんし。向こうにも、こちらを殺傷する意志が無いのであれば、共生も確かに可能かもしれません。」
「そうじゃろうな。…うむ、わしも、不可能ではない、と考えておるのじゃよ、エル。」
気さくな性格で臣下や民に親しまれる国王は、スラスラと考えを述べたエルンストに気を悪くした様子もなく頷いた。エルンストをニックネームで呼ぶなど、砕けた印象のある老人だが、これでも名君かつ名将として名を馳せている傑物だ。
「しかしの、エル。…不可能ではない、というが、必ずしも簡単な道のりではないと、わしは思う。何せ…違う種族じゃからのぅ。」
「陛下。…それは、国民感情のお話でしょうか?」
こちらを殺傷する意志を持たない新魔族とならば、争う必要など無い、とする意見も確かにある。その一方で、魔物との共生などゴメンだ、奴らを滅ぼし尽くせと、少子化や文化の衰退を憂い、魔物の駆逐を主張する声も小さくはないのだ。
銀縁のスマートなメガネを直しながらそう問うたエルだが、国王は首を横に振った。
「いや、それはこちらで何とかしよう。それに、共生とはいえ…魔物達にも、一定の分は守ってもらう。まぁ、会いたくなければ会わずに済むようなシステムを作ってみるわい。」
正直な話、少し、拍子抜けした。広報のシステムも魔術師の手による物であるのだから、宮廷魔術師たる自分がここに呼び出された理由はその操作であると、
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録