旅16 気付いていなかったのは幸せだから

「危ないぞ林檎!!早くこっちに来るんだ!!」
「待って椿!!もうちょっとで手が届くから!!」


わたしと椿が付き合い始めてから3年程経ったある日の事…
その日は、例年にないほどの大きな嵐が町を襲っていた。
しかもこの嵐、水神様でもどうにもならないらしい…よっぽどのものである。


「そんなものどうでもいいから早くこっちに来るんだ!!」
「どうでもよくないよ!あれは椿が小さい頃から大切にしている相棒の刀じゃない!!」


わたしと椿は嵐の中、町中を駆け回り様子を確認していた。
なぜなら、嵐の様子や子供が外に出ていないか確認したりするためだ。


「そうだけど…僕にとっては林檎のほうが大事なんだ!林檎の身に何かがあったら大変だから!!」
「大丈夫だって!待っててよ、すぐに取ってあげるから!」


そして海岸に行った時の事である。
大嵐なので、もちろん風も相当強くなっていた。
そのためか、ちょうどわたし達が海岸に着いたときに、わたし達目掛けて看板が飛んできたのだ。
椿が咄嗟に自分の刀で自分とわたしを看板を弾いて護ったが、看板の勢いを殺しきれずに刀が堤防の向こうまで看板に持ってかれてしまったのだ。
しかし、運よく岸辺から手を伸ばせば取れそうな位置にあった岩に引っ掛かったので、わたしは後先考えずに堤防を乗り越えて刀を取りに行ったのだ。


「ん〜…よし!取れたよ!!」
「わかったから早くこっちに来るんだ!!いつ大波が来てもおかしくないんだぞ!」

そう叫ぶ椿に向かって歩きはじめたわたし。
風が強すぎて吹き飛ばされないように歩くのが限界で、とても走る事は出来なかった。

「はい!先に刀を渡しておくね!」
「わかったから早くこっちに…って掴まれ林檎!!」
「えっ……」

なんとか堤防までたどり着き、椿に刀を先に渡し、堤防を乗り越えようとしたそのとき…

「あっ!きゃあぶ!!!!!!」
「林檎ー!!リンゴォォ!!!!」

大きな波が、後ろからわたしに襲いかかってきた。
わたしは伸ばされた椿の手を……







……握る事ができず波に攫われてしまった。


「もがっ!ぐぼばぶっ…」

そのまま荒れ狂う海に呑まれたわたしは、当然呼吸なんか出来るはずもなく…

上下左右がさっぱりわからなくなるほど振り回され…



「がぽ……」



視界が暗くなり、息苦しさを感じたまま意識が遠のいていった……





「林檎………ばかやろおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」






椿の悲痛な叫び声は…もちろんわたしの耳に届く事は無かった……




…………



………



……







そして、溺れたわたしはポセイドン様のおかげでネレイスとなり生き続ける事ができた。
これだけでも良かったといえば良かったのだが…

なんと、今日適当に大陸のほうまで来ただけだというのに、椿を発見する事ができたのだ。
今わたしがいる場所から見上げた、山の頂近くのちょうど木が生えていない場所に居るのを確認できたのだ。
本当にちょっとしか見えないけど、遠くからでも椿を見違えるわけが無いのであれは絶対椿だろう。
知らないうちに大陸の服なんか着てたから最初わからなかったよ…




本来は椿に会えた事を喜ぶべきなのだろう…




でも、今はそれ以上に我が目を疑う光景が見える…




それは、わたしが波に攫われた日の事を鮮明に思い出してしまうほど強烈なものだった…









「椿の近くにいるあの白っぽい女…ナニ?」


「なんでアイツ…わたしの椿に抱きついたりしてるの?」


「そして椿…なんでそんなにソイツと楽しそうに喋ってるの?」









おっと…おもわず声に出してしまった…でも仕方が無いだろう…
だって何度目を擦ってから見ても、その白っぽい女は消えなかったのだから。
それに頬をつねってみたら痛かった…だからこれは夢じゃない…


「はああ?」


わけがわからない…なんなのアイツ…
なんでアイツと椿が楽しそうに一緒に居るの?
そしてなんで椿もアイツと楽しそうに一緒に居るの?



もしかして…わたしの事なんかもう…忘れちゃったの?




「ふ、ふふ、ふふふふ、ふふふふふふふふ……」




なーんだ…わたしの事なんか忘れちゃってもうどーでもいいんだ…へぇ……
まあ仕方ないよね…椿はわたしが死んでいると思っているんだから…



………



なんかむかつくなあ……
今あいつらの前に現れたらどんな顔するかなあ……
椿のやつ必死に謝ってくれるかなあ……


謝っても許さないけどね………






「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」






そうだ…ここから同族の子に教えてもらったもの
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