「あー、あー……んんっ」
晴れ渡る青空の下、私は翼を広げて空を舞いながら、歌おうとして喉の調子を確認した。
私は歌が好きだ。聞くのも、自分で歌うのも好きだ。それは私が『セイレーン』という歌うのを愛するハーピーだから……というわけではない。
きっと私自身が他の魔物であったとしても、それどころかただの人間であったとしても歌が好きだっただろう。
聞くだけで幸せな気分になるし、歌うだけで高揚し元気になれる。そんな歌が大好きなのだ。
しかし、私は歌に対して、とてつもなく大きな問題を抱えていた。
「すぅ……あ゛ーあ゛あ゛あ゜ーぼえ゛ぇぇ……」
そう、私はセイレーンなのに歌が下手なのだ。美しい歌声を持ち人間の男性を魅了するセイレーンなのに、歌う事が下手くそなのだ。
音程もテンポもどこかおかしく、自分の歌では聞いても幸せになれないし、元気にもなれない。勿論男性を魅了するなんて以ての外だ。
歌っている自分自身は歌ってスッキリする部分はあるのだが、如何せん耳は正常なようで、自分の歌声に疑問を抱いてしまう始末だ。
「はぁ……」
歌うのを止め、思わず溜息を吐いてしまった。
小さい頃から他のセイレーンと比べて下手だという自覚はあった。周りの歌は綺麗なのに、自分の歌は汚いというか、若干の騒音混じりに思っていたところはある。というか実際、それが原因で周りから馬鹿にされた事だってある。
ただそれはセイレーンの中で下手なだけ、そう思って特別に気にしていたわけではなかった。
しかし、最近は特に酷く感じるようになってしまった。理由は明白、自分が下手なのは「セイレーンの中では」というわけでは無かった事に気付いてしまったからだ。
今までは100点満点のうち50点くらいだと思っていた自分の歌が20点だと思い知らされてしまったのだ。
「私もあんな風に歌えたらなぁ……」
それもこれも、少し前にとある街で人間の男性の歌声を聞いてしまったからだった。その男の歌声は聴くだけで幸福を感じ、元気を貰えた素晴らしい歌だ。
勿論私だけではなく、その男の歌を聞いていた他の人も魔物も皆笑顔を浮かべていた。大袈裟でも何でもなく、その男の歌はセイレーン仲間と比べてもなお綺麗な歌だった。
そんな歌を聞いた私の歌は、以前にも増して汚い歌だと感じるようになってしまった。自分の歌への自信が一切無くなってしまったのだ。
私の歌では誰も元気になれない。それこそ自分自身ですらも幸福にはなれない。セイレーンという歌に愛された種族のくせに、自分はなんと惨めな存在なんだろう……自信の無さは自虐へと変わり、負の感情で満たされてしまう。
そんな状態で歌っても綺麗な歌になるはずもなく、先程のように聞くに堪えない酷く醜い歌となる。以前はもう少しましだった気もするし、やはり気持ちの問題も大きいだろう。
「……よしっ!」
このままではいけない。このままでは私は歌が嫌いになってしまうかもしれない。それは死んでも嫌だった。
ならばどうすればいいか。その答えは明白だ。歌を上手くなればよい。
歌を上手くなるにはどうしたらよいか。その答えも明々白々だ。自分より上手く歌える人、それこそ自分が知る中で一番上手い人に教わればよい。
そう考えた私は、自然とある人物の下へと翼をはためかせたのだった。
……………………
「おはようございますミングさん!」
「はぁ……また来たのか」
元気良く朝の挨拶をした私に対し、わざとらしく大きな溜息を吐いて明らかに歓迎してませんムードを出している、目の前の人間の男性。
彼の名前はミング。私が会いに向かっていたのは彼であり、彼こそが最も綺麗な歌を歌う人間の男性だった。
「私はミングさんが歌のレッスンをしてくれるまで何度でも来ます!」
「迷惑だ」
「そんな事言わずにお願いします!」
「俺は別に先生ではない。俺はただの旅するウタウタイ、有名な歌手なんかじゃない。だから、誰かに教えるつもりもない。大体お前はセイレーン、歌のスペシャリストだ。人間の俺に教わる必要はないだろ?」
「そんな事はありません! ミングさんの歌は私が知るどのセイレーンよりも綺麗な歌でした。私もあのような、皆を笑顔にする素敵な歌を歌えるようになりたいのです!」
「そうは言ってもなぁ……何度も言うが、俺は弟子や生徒といった類は取らないし、ましてやセイレーンに教えるなんてお断りだ」
ミングさんが「また」と言ったとおり、こうして頼み込んでいるのは今日が初めてではない。彼の歌を初めて聞いてから1週間ちょっと、その間ほぼ毎日こうして頼みに来ていた。
ミングさんの言うウタウタイとは、曰くアマチュアな自分は歌手とは名乗らないからそう自称しているらしい。
しかし、私の知る限りで
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