まえ

「ふぃ〜……今週も疲れた……」

仕事終わりの帰り道。
よれよれになったスーツを着ながら、疲れを隠す事無く夜道を歩いていた。
夜道と言っても、今いる場所は人で賑わっている駅前という事もあり別に暗くはない。
街灯や店の光に照らされ、呼び込みを行っている人の額に垂れる汗まで見えるぐらいには明るい。

「あー、腹減ったなぁ……」

そんな駅前では、空きっ腹にダイレクトアタックをかましてくるラーメンや焼き鳥の匂いで溢れかえっていた。
特に焼いた肉やニンニクの香りは反則だ……さっきからお腹の音が鳴りやまない。

「今日は外食していこうかな……お金も手元に2万はあるし、高級バーとかでなければ大丈夫だろ」

家に帰っても、俺は親元を離れ一人暮らしをしている身なので飯は作らなければ無い。
食材はまだ冷蔵庫の中にあるが……疲れて作る気力も湧かないし、賞味期限が近い物もないのですぐ消費する必要もない。
あまり浪費しない事もあって財布の中身は潤っているし、俺は外食していく事にした。
何よりも、こんなにいい香りが漂っているのに我慢なんてできるはずがない。

「いらっしゃいませー! 空いている席へどうぞ!」

今日は週末で、明日からは休みだ。そんな事もあって、俺は美味しそうな匂いが漂う居酒屋に入る事にした。
俺は大学を卒業してから就職したのでもちろん20歳を越えているから、酒を飲んでも問題は無い。
あまり強いわけではないので量は飲めないし、そう日常で飲んでいる事もないが、たまに飲みたくなる時もある。今日がまさにそんな時だった。

「ご注文はお決まりですか?」
「そうですね……鳥皮串タレとチーズじゃがもちとそばめし、あと揚げニンニクと生中で」
「かしこまりましたー」

店に入り、入口近くの空いていた席に座って、とりあえず目についた物を適当に注文する。
疲れたとはいえ、ここに辿り着くまで胃を刺激されていたので、一人で食べるにはちょっと多いぐらいの量を注文した。

「生中でーす」
「ありがとうございます。んぐ……ぷはぁ」

最初に運ばれてきた、キンッキンに冷えたビールを一口飲む。泡がちょっと口に付く。
疲れた身体にビールの苦みと旨みが染み込む……そう毎日飲みたいとは思わないが、たまに飲むには良い物だ。

「鳥皮と揚げニンニクお持ちしましたー」
「おーきたきた。いっただっきまーす」

ビールをゴクゴク……と言いたいところだがそんな豪快な飲み方をするとすぐ酔い潰れてしまうのでちびちびと飲んでいると、おつまみが先に出てきた。
割り箸をパキッと割り、揚げニンニクをパクッと食べる。ほくほくとしたニンニクは一噛みする毎にその風味が口に広がる。
鳥皮の焼き鳥も口に運ぶ。パリパリとした触感がまた良く、絡んだタレの甘みがこれまた苦いビールに合う。

「チーズじゃがもちです」
「ありがとう」

チーズじゃがもち……大学時代で初めて食べたが、あまりの美味しさに自分で作ってみた程だった。
パリッとした表面に歯を入れると、もちっとした食感と共にとろりと濃厚なチーズが舌に垂れる。
そしてまたビールを一口飲む。個人的には最高の酒のおつまみだ。

「あーうめぇ……」
「そばめしお持ちしましたー」
「おっうまそうだ!」

おつまみをもぐもぐと空きっ腹に詰め込んでいると、メインであるそばめしが運ばれてきた。
机に置かれたそばめしを早速かっこむ。安物とはいえ、焼きそばソースがご飯と絡み絶妙なハーモニーを奏でて……というとなんだがクサいが、とにかく美味い。

「ごく……あ、すみません。生中もう一つ」
「かしこまりましたー!」

ビールが無くなったので、もう一杯注文する。
疲れているので酔いも回りそうではあるが、2杯までなら大丈夫だろう。

「むしゃむしゃ……んー美味い。この店は当たりだったな」

注文したビールが届くまでの間、ただ必死に注文したものを食べ続けた。
結構な量を頼んだが、止まる事無く全て胃に収まっていく。空いていたお腹も、いつしか膨らみ始めた。

「はい生中です」
「ありが……ん?」

注文した2杯目のビールが届いたので受け取った。
その時、不意に不思議な香りが……とはいえ決して不快な臭いでは無く、なんだか落ち着いた香りが鼻を刺激した。

「あ……」
「へ? あの、どうかなさいました?」

ふと顔を上げた先には、頭を色とりどりの花で飾っている女性の姿があった。
お腹が膨れてきて余裕ができたからか、初めて自分の所に注文したものを持ってきてくれた店員が女性だとわかったし、同時にこの香りがその店員から漂っていた事に気付いた。

「あ、いや。ちょっと匂いが漂ってきたから……」
「はわわ……す、すみません……やっぱり体臭キツイですよね私……」
「あ、いやいや。違いますよ。花のいい香りが漂ってきた
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