海のウタウタイ

「クソッ……!!」

湧き上がる怒りを発散させるように、俺は足下にあった石ころを蹴り飛ばした。
しかしながら、もちろんそんな程度で俺の怒りは治まるわけも無く、更にイライラした気分でその道を進む。
どうせ周りに誰も居ないからとコツコツとわざとらしく足音を立てながら、今日起きた腹立たしい事を思い浮かべては、更に怒りを増幅させていた。

「折角目を覚まさせてやろうと思ったのに何が『僕は僕自身の意思で一緒にいるって決めた』だ!人の親切を無視しやがってあのクソガキめっ!」

俺は今日、洗礼を受けた教団の勇者としてある村に住む中年女性から依頼を受けていた。
それは、同じ村に住む、両親を失った10代の男児がここ半年の間誰も居ないはずの森へほぼ毎日嬉しそうに向かっているのを目撃しており、もしかして森に魔物が現れてその男児を惑わしているのではないかと、心配だから調査してくれというものだった。
魔物は人を惑わし人を殺す悪の存在だ……あまり知られてはいないが、最近の魔物は人を食べたり無暗に殺す事は無くなったという話を以前どこかで聞いた。しかしどちらにせよ人を惑わす事には変わりないし、場合によっては自身と同じ魔物に変えるので結局魔物は悪の存在だと言えるだろう。
そんな魔物が一人の男児を誘惑してるかもしれないというのだ……勇者として放っておく事は出来ないので、もちろん俺はその依頼を快く受けた。
そしたら丁度タイミングが良かったようで、依頼人から詳しい話を聞いていたらその男児が荷物を纏めどこかへ行ってしまう場面に遭遇した。こっそりと後をつけたところ、その男児はやはり魔物、セイレーンに惑わされていた。
なんとか連れ去られる直前でそれを知れたので、俺はその男児を救いだそうと聖剣を構えセイレーンと男児を離そうとしたところ……肝心の男児本人にそんな事を言われたのだ。
あげくそのセイレーンの両親が出てきて、流石に2対1では敵わなくて返り討ちにあってしまったのだった。

「あーもう!イライラする!!」

噂通り命まではとられなかったものの、身体中がボロボロになるまで叩きのめされてしまった。
しかもその痛みに耐えて村へ報告しに戻ったら、結果的には依頼を失敗したので役立たずだのみてくれ勇者だのと文句を言ってきた挙句ボロボロの状態だというのに村から叩きだされてしまったのだ。
そりゃあたしかに男児を堕落から救いだす事は出来なかったし、挙句魔物に返り討ちにあったので依頼人が怒るのもわかる。
だが、ボロボロになるまで頑張ったのに自分ではその少年を止める為に何かをしてこなかった依頼人にそんな事を言われたら流石に腹も立つ。
だから俺は傷付いた身体を引き摺り、道端の個石に八つ当たりしながら、ホームに帰る為に歩を進めていたのだった。



…………



………



……







「はぁ……まだちょーっとイラッとするなぁ……」

月明かりが夜空を照らす頃、ようやく俺は依頼のあった村から一番近い街に到着した。
普段ならば遅くても夕方頃には到着していたような距離であるが、怪我を負っている事もありいつもよりゆっくり歩いていた為、小さな子供はもう寝始めるような時間になってしまったのだ。

「まあいいや……とりあえず宿を探そう……」

歩き続けるうちに大分怒りは治まってきたものの、魔術の類が苦手な俺は治癒魔術なんて高度な物は使えないので傷が癒える事は無いし、それを差し引いても歩き続けたせいで疲れが溜まっていた。
だから早く宿を探して休みたい……が、この時間になると空いている宿を探すのも一苦労だ。
この街は海に面しておりリゾート地でもあるため、観光客でどこの宿も満室の可能性が高いのだ。

「裏通りの宿なら空きもあるかな……ん?」

それでも一通りの少ない裏通りにある宿なら空いている部屋もあるかもしれない……裏通りにはガラの悪い人種がいるという話だが、これでも勇者な俺がそんなゴロツキ共に手負いでも遅れは取らないだろうと思い、裏通りに向けて歩き始めようとしたところで、微かにだが何かが聞こえてきた気がした。

「……いや、気のせいじゃないな……」

本当に微かにではあるが、女性の歌声らしき物が海の方から聞こえてきた。
こんな時間に、しかも海の方から女性の歌声がするとは……魔物やゴロツキに襲われてしまう可能性もある。
もしくは……この歌声の持ち主自体が魔物の可能性もある。
憲兵達が常に海を見張っているはずなのでそう易々と海岸に侵入出来るとは思えないが、マーメイドやセイレーンなど海辺に生息している魔物の中には歌で人を誑かす者もいるので、女性の歌声がする事から完全に否定はできない。

「様子を見てくるか……」

どちらにせよ勇者として無視や放置は出来ない。
人間の女性であれば気をつけるように注意を呼
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