中立都市クロスボール

 トリフォリウム島。
 大陸の北西端から西の海上に浮かぶ島。三つの半島が三つ葉のクローバー状にくっつき、それぞれの半島に王国が存在する。

 北に、フーァルスタイレ王国。国土の多くが山岳部と丘陵地帯で占められ、鉱業が主要産業になる。

 南東には、モールギャータ王国。フーァルスタイレとは対照的にほとんど平野部からなり、三国中最も人口が多い。大きな港街を有し、大陸との貿易で富む国である。

 そして南西には、シェーペール王国。森と草原が広がる緑豊かな国で、牧畜と林業で成り立つ、牧歌的な国だ。

 その三国は、島国というお国柄もあり漁業も盛んで、海の幸と水の青にも恵まれる。
 そんな島国に生まれたのだ、ミリシュフィーンという少年は。

 その彼らは現在、島の中心地、三つ葉の交わる地点にいた。
 〈中立都市クロスボール〉。
 三国に挟まれ、その全てと接しながらどこにも属さず、緩衝地帯になっている。陸上交通の要衝――というか、唯一の陸路ということもあり、流通の要を担う商業の中心地だ。その上、関税が存在せず、国ごとの風習や価値観に縛られないとあれば、物流は自然、促進される。
 物も、人も、島の全てが集まる、活気あふれる都市なのだ。

「わぁ……きれい……」
 高級宿〈異国の薫り亭〉から出て、第一声がそれだった。
 東の空は、昇り始めた太陽に照らされ、熟れたオレンジのように色づき。
 西の空は、紫を含んだ濃い青が、黒を手放しつつある。
 そのグラデーションがたいそう綺麗だったので、朝焼けの下、少年は立ち止まって動けない。
 しばらくして、目的があったのを思いだし、後ろを振り向く。
「ごめんなさい、つい」
 その謝罪に、幼なじみのルーナサウラは優しげに笑み、
「いいや。朝は毎日やって来るけれど、この空は今日限りの作品だからね」
 昨晩の媚態はどこへやら、淫魔のアストライアは怜悧な眼差しを和らげて言った。
 ミリシュフィーンは、たったそれだけで幸せな気分になる。結婚も、夫婦も、愛のなんたるかもまだ解らなかったが、この二人のことは大好きだった。出会えて良かったと、毎日〈神〉に感謝している。
「では行こうか。案内しよう、まずは朝市だ」



 朝のまだ早い時間だというのに、そこは人でごった返していた。
 大通りの両側にはズラリと店が立ち並び、その上、道の中心線上に露店が軒を連ねる。いったいどこまで続いているのか。
 売り手と買い手、双方の怒号に似たやり取りが飛び交い、本来なら人に慣れていない少年であるから、尻込みしていたはずだった。
 だが、そんな独特の空気にも怯まず、
「わぁ」
 青果市に並ぶ、赤、黄、紫、橙、緑、白……色とりどりの果物や野菜が、ミリシュフィーンの翠眼を引き付けて放さない。
 ……つい最近、インキュバスとなって以来。それまで盲目だったのが、突然見えるようになったのだ。少年の目は色彩に飢え、彼の心は刺激に敏感だった。
 それに、果物から漂う甘い香りや、野菜の青い匂いが嗅覚に訴える。視覚以外の、全ての感覚が人より鋭敏なのだから尚更のこと。
 キョロキョロと忙しなく辺りを見ながら、その足は連れの二人よりも急いてしまう。人の波にぶつかりそうになりながら、トコトコ歩き回り、人垣の高さにピョンピョン跳びはね、立ち止まっては商品に穴が空くほど凝視し、ヒクヒクと兎のように鼻を動かす。
 後方のアストライアは、その小さな旦那様を嬉しげに見守り。少年の護持騎士として仕えてきたルーナサウラは、大切な主がやっと狭い檻から解放されたのだと、感涙を抑えるのに必死である。

 そしてそんな三人は、人目を惹いた。

 みな、容姿が端麗なのだ。
 金髪翠眼、紅顔の美少年を地で行くミリシュフィーン。丸みを帯びた幼さと、どこか憂いの感じられる雰囲気が、庇護欲をそそる。
 赤髪碧眼、凜々しい相貌と覇気あふれる眼光のルーナサウラ。十五でありながら、男に負けない身長とスラリとした肢体は、しなやかな筋肉の上から女の媚肉を纏い、男物のシャツとズボンのとある一部を淫らに押し上げている。
 白髪紅眼、涼やかな目許と蠱惑的な唇のアストライア。妙齢でありながら、長い年月をかけて洗練し尽くしたような所作と、匂い立つ色香。目深に被ったつば広の帽子と全身をすっぽり覆う外套に身を包んでなお、衣を通して、人の――ことに男の視線を捉えて放さない。

 しかし何故魔物である彼女らがこんな人混みにいて平気なのかと言えば、それは〈人化の術〉と呼ばれる魔術の恩恵だった。魔物の特徴を隠し、人そっくりの外見に変える。ものによっては、魔力さえ隠し完璧に人間への擬態を可能とする。
 まずはこれを覚えなさいと、アストライアから徹底的に教育を受けた二人は、〈人化の術〉だけは使えるようになっていた。なので、角も、翼も
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