汚された誓い

 小山のような、見上げる巨体。
 纏う鎧はまるで巌だ。
 巨木を思わせる手足と、
 城壁をも断つであろう、長大な剣。

 敵うはずがない。
 だが、ルーナサウラはそれでも挑む。

 大剣をかいくぐり、幹のような足に斬りつける。
 ガギィッ!
 あまりにも堅い手応えに、剣を取り落としかける。
 危険を察し飛び退けば、羽虫を追う鷹揚さで、巨腕が通り過ぎたあとだった。

 距離を取れば、痛痒も感じてはいないだろう巨人の姿が、悠然とそびえている。
 隙を窺い、斬りかかり、かすり傷も負わせられず、コソコソと距離を取る。

 ――惨めだった。

 これが、ルーナサウラ・チェグィーがよく見る、悪夢のパターン。
 だが今日は、いつもと違う。登場人物の、その数が。

「サーラ!」
 いつの間にやら巨人の左手に掴まれているのは、彼女の主であり、騎士として護持すべき貴き君であり、……少女にとって大切な幼なじみであった。
「殿下!?」
 髪の色が体にうつったのかと思うほど、真っ赤な怒りが胸を焼き、頭に血が上る。
「殿下を離せぇッ!」
 隙を窺うことも、フェイントを打つことも忘れ、最短距離を真っ直ぐ駆ける。
 そして、
「はぁッ!」
 裂帛の気合で剣を打ち込み、
 ガッ、キィィィィィィン……。
 高音を鳴り響かせて、少女の剣は真っ二つに折れた。
 だが、呆然とするヒマなど与えられず、暴風を巻き上げながら巨人の蹴りが迫り、
「っガハッ?」
 大きな爪先が胴にめり込む。肋も内臓も、全てがひしゃげていたとしてもおかしくはない衝撃が身を襲い、鞠のように蹴り飛ばされてしまう。
 何度か地を跳ね、転がる。
 息ができない。
 手足が痺れて動かない。
 意識が朦朧とする。
「サーラ!」
「……っ? で……か……」
 立たなければ。立って、守らなければ。
 視界は霞み、世界が回る。
 だが、耳はよく聞こえた。

「お前は頑張った。我が男爵家の娘として、誇りに思う。これで、陛下の覚えも目出度かろう」
 父の声がする。殿下の遊び相手として白羽の矢が立った時、父は『家名を売れる』と喜んだ。

「女だてらに騎士の真似事なんて。嫁入り前の娘がすることですか」
 母の声が聞こえる。手にマメを作り、体に傷が増える度、『女だてらに』と嘆かれた。

「呪われ王子の守り役から解放してやろう。剣を捨て、ウエディングドレスで着飾るがいい。お前のようなじゃじゃ馬でも、女として儂が可愛がってやろう」
 耳障りな音がする。婚約相手の狒々爺。伯爵の地位にあり、諸侯の中でも有力者だ。昨年開かれた御前試合の際、どうやら見初められてしまったらしい。

 更には、同期の騎士達の影がちらつく。
 嘲弄の声。
 同情の声。
 哀れみの視線。
『騎士団に身を置かずば、騎士に非ず』
 そう、わたしは騎士団には属していない。殿下専属の、たった一人の護持騎士。
 だが、それでいい。
 わたしは、それが良い。
 殿下を守れさえすれば。
 あの子の盾となり、矛となれれば。

 ――もっと力があれば。

 ――もっと強ければ。

 ――あの子を、狭い檻から連れ出せる、自由な翼があれば!

「サーラ!」
 あの子が呼んでいる。わたしを、わたしに付けてくれたあだ名で。
 だから、わたしは――。



「――リーフィ!」
 ルーナサウラは、叫びながら跳ね起きた。
 そこは寝台の上だった。広い部屋には、品の良い調度品が配されており、一目で高貴な者の住まいと判る。大貴族の屋敷か、はたまた城か。

「ようやくお目覚めかい?」

 その声は比類なき美しさで……。澄んだ音色は俗世の穢れに染まっておらず、『言葉』だと認識するのに時間を要した。
 そして。
 音の発生源に目を向けた少女は、呆気にとられてポカンと口を開いてしまう。

 美しかった。

 寝台から離れた壁際に、それは居た。
 現実にあるまじき造形美は、生者ではなく彫像のようで。だが、彫像にはあり得ない生気と、それ以上の妖艶な空気。その上、完璧でありながらどこかが狂い、見る者の心を蝕む、なにか――。
「っ? 魔物!?」
 色素の抜け落ちた髪と、血のように赤い瞳。何より、頭の角と、背後に見えるのは翼と尻尾か。
 人間であるはずがなかった。
 素早く床に下り、さきほど視界の端に捉えておいた愛剣を掴み、鞘を払う。
 夢とは違い、剣身にはヒビ一つ入っていない。
 服装は、いつの間にか膝丈のチュニックに変えられており、多少ヒラヒラするが動きに支障はなさそうだ。
 五メートルほどの距離を置き、対峙する。
「お前は何だ! ここはどこだ!?」
 叫んだあと、最も大切なことに気付く。守るべき主君の姿がない。あの盲目の、か弱い少年が、側に居ない。
「殿下をどうしたっ? 言え!!」
 この言葉に、どこか見
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33