――〈白切〉。医方館と薬方堂を併設した、主の名を冠する医療施設。
そこに、ミリシュフィーン達の姿はあった。
「あれは、馬は馬でもケンタウロスだったろうが。しかも女だ。その……精など落としておらぬだろう? 本当にその植物で良いのか?」
パイチェは『肉
#34031;蓉は野生馬から滴り落ちた精より生じる』と言っていた。ルーナサウラはそのことを指摘しているのだ。
「普通の野生馬よりも、魔物の方がなお良いに決まってるんだよ。それに、魔物娘と交わってインキュバスになった男性は、配偶者の魔力をその身に宿し、性質を受け継ぐ。ケンタウロスの番いが地に落とした精なら、何の問題もないよ」
腕組みしたパイチェは、たっぷり詰まった胸の脂肪をこれ見よがしに持ち上げる。
赤毛の騎士は、微かに片眉を持ち上げはしたが、それだけだ。思ったよりも反応が薄い。
ルーナサウラは、パイチェの乳房が自分より大きいことを気にしていた節がある。てっきりもっと子供っぽい――おっと、解りやすいリアクションを取るかと思っていたのだがね。
「ねぇパイチェ? あと一つでお薬の材料が全部そろうんでしょう? それはどこにあるの? 僕にできること、ある?」
愛しい、小さな旦那様。私のミー君。
クロスボール夫妻とその子供を救うため、一生懸命なんだね。パイチェを見上げる横顔は、金の髪と白い肌という取り合わせもあり、カモミールの花を思わせる。
けれど、いけないね。
太陽に向かって健気に伸びるその花は、禁断の蜜果に似て芳しい。そんな風にじっと見上げては、“誘っている”ようにしか見えないよ?
「……フィオに、できること?」
「うん」
一途な眼差しに、パイチェの喉がコクリと鳴る。
「む、胸が凝って仕方がないんだよ! だからっ――」
「そうか。ならばわたしが揉んでやろう。なぁに痛くはせん、一撃で終わらせる」
皆まで言わせず、紅竜が手を掲げた。重厚かつ凶悪な鈎爪がギラリと輝き、反面、目に光はない。
「もげる!? 吾輩の食べ頃果実を収穫して良いのはフィオだけ――あっウソ、ウソですゴメンナサイ!」
昨日に引き続き二度目の土下座は、才媛の芳名を地の底まで失墜させるに充分だった。
「まったく……リーフィの純真に付け込みおって。だいたい、胸が凝ってたまるか」
鈎爪を戻して腕組みすれば、流石にミノタウロス属には劣るとも、女性として充分に豊かな乳房が強調される。
「ミー君? パイチェは嘘を吐いたのだから甘やかしてはいけないよ。それで、確か鹿茸(ろくじょう)……だったね、足りないのは」
旦那様に立たせて貰っているパイチェへ向け、声をかけた。
「あれは屠殺者の目だったよ……。はいアストライア様、その通りなんだよ」
立ち上がった彼女は、中指で眼鏡を押し上げた。
「鹿茸は、牡鹿の角だよ。……牡鹿と言ってもまだ子供の――繊細な皮膚に覆われ、柔らかく、温かく、何より初々しい……生気に満ち満ちた、伸び盛りの男の子みたいな角なんだよ」
眼鏡をかけているので断言はできないが、その目がミー君の腰辺りを凝視している気がする。
「私がお口でむいてあげたからね。初々しいのに変わりはないが、既に鞘から抜き放たれた、立派なものさ」
「な、なんと!?」
「お前ら……」
パイチェは愕然と立ち尽くし、ルーナサウラは額に青筋を浮かべる。当のミー君はピンとこなかったのか、目をパチクリさせて我々を順繰りに見回している。
「で、今度は仔鹿を探しに行く訳かい?」
「普通の人間相手ならそうするけど、肉
#34031;蓉と同じく特別なのが欲しいよ」
「ほう? ということは、また魔物の?」
「そうだよ」
医者は頷いた。
「遠いジパングの地に、龍と呼ばれるドラゴン属の一種族が住んでるよ。ドラゴンだけあって魔物として最上位の力を有し、水を司る神として信仰を集めている。そして、話によると牡鹿の角を持つとか」
「神、か」
同じドラゴンとして思うところがあるのか、赤毛の女騎士殿はどこともつかぬ虚空を見ている。
「わぁ、ドラゴン。サーラと一緒だね」
幼なじみに類する話題が嬉しいのか、見ているこちらも頬が緩む笑顔で、男の子が言う。
「そう、そこのルーナサウラと同じドラゴンだよ」
「なんだ、その含みのある言い草は」
先程のこともあり、ルーナサウラの目つきは胡乱げだ。
「ジパングは遠い。行くのは面倒だし、その上はるばる赴いて角を譲って貰えなかったら、やっぱり面倒だよ」
「面倒を連呼するな」
「そこで、だよ。同じドラゴンなら大差はないはず。いっそ手近なドラゴンで間に合わせ――間違った、ここは一秒を惜しみ、貴殿に協力願いたいんだよ」
「いや、わたしの角は明らかに鹿っぽくないぞ?」
「鹿とかもうどうでもいいんだよ」
「どうでもいい訳あるか!」
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