最近、果樹園や畑が何者かに荒らされるようになった。
規模としては小さく、幾つかの果物や野菜を食べられてしまう程度のものではあったが、しかし農作業に行く度に手間隙かけて育ててきた作物が食い散らかされるのは気持ちのいいものではなかった。
いくら数が少なくとも、毎日続けば稼ぎにも響いてくる。
畑の周りに柵を張り巡らせたが、犯人は大型の動物なのか何なのか、簡単に壊されてしまってらちが明かない。
そこで牧場主の彼は知人の猟師に相談し、頑丈な罠を作ってもらうことにした。まだ駆け出しで蓄えも少ない彼にとっては決して軽い出費ではなかったが、これで作物の被害が無くなることを考えれば惜しくは無かった。
それに、罠猟を続けてかかった獲物を売っていれば収入の足しにもなる。長い目で見ればそちらのほうが良いとの判断だった。
かくして彼のもとに罠は届き、知人の助言のもと、犯人が通るであろう場所に罠は設置される事となった。
絹を裂くような悲鳴が聞こえたのは、まさに罠を仕掛けた翌日の早朝の事だった。
まさかこんなにすぐに結果が出るとは罠を仕掛けた本人でさえ思っても居なかったが、ともあれ何かが罠にかかったことは確かなようだった。
彼は急いで着替えと準備をして、罠を仕掛けた場所に走った。
まだ日は山間に顔を隠したまま、東の空がすみれ色に染まり始めていた。冷たく少し湿った空気を切って走るうちに、意識もすっきりと研ぎ澄まされていった。
果たして作物を荒らしていたのは何なのか。イタチか狐か、それとも猪や鹿か、あるいは甘いもの好きの狼か。
罠を作った本人によれば、仮に熊が掛かっていたとしてもそう簡単には外れないとの事だ。止め刺しの方法も色々と教えてもらってある。何が掛かっていたとしても、あとは正体を突き止めて仕留めるだけだ。
遠くから、土を掘り返そうとするような、地団駄を踏むような音が聞こえてくる。
罠を仕掛けた辺りで何かが暴れている。
獲物は彼が考えていたよりも大きかった。鹿よりは大きく、しかし猪にしては小さかった。
土や泥で薄汚れてはいるものの、毛皮で覆われているようには見えなかった。
どこかの牧場から逃げ出した豚でも迷い込んでいたのかもしれない。彼のそんな予想は、獲物に近づきその様子がはっきりするに連れて確信に近づいてゆく。
誰かの所有物となれば、そう簡単に殺してしまうわけにもいかなくなる。骨折り損かと落胆しかける彼だったが、しかしと考えなおす。
無事保護したと牧場主に返してやれば少しくらいは礼金がもらえるかもしれない。そうなれば、どうやって傷つけずに捕まえるかが問題だが……。
段々と獲物の姿が近づいてくる。その姿は、しかし近づいてよくよく見てみれば彼が予想していたものと大きくかけ離れた形をしていた。
思っていた以上に胴体が細く、そして手足が長く太かった。どう見ても人間にしか見えなかった。
ひどく汚れてはいたが肌は血色の良い桃色をしており、洋服と呼ぶのもはばかられる程に大雑把なものではあったが胸元と股ぐらには毛皮が蔦でくくりつけられていた。
そしてその足首には、罠に掛かった獲物を捕える頑丈な鎖の仕掛けがしっかりと巻きついていた。
「ふえぇ。なにこれぇ。とれないよぉ。ぷぴぃっ」
なるほど。と彼は合点する。
道理で聞こえてきた悲鳴が、獣の雄叫びにしては可愛らしい声だったわけだ。
犯人は野生の獣でもなければ、どこかの牧場の逃亡者でもなかった。腹を空かせたこそ泥の小娘だったというわけだ。
彼はため息を吐きながら歩みを緩める。
罠の支払いの足しのあても無くなってしまった。見たところ若い娘のようではあるから、人買いにでも売ればそれなりの値にはなるだろうが、いくら盗人相手でもそれはあまりにも気の毒だろう。
とにかく手足を縛って話を聞こう。後のことはそれから考えればいい。
盗み食いの犯人に近づきつつ、彼はふと疑問に思い始める。彼女の身体が汚れすぎているのだ。それも、不自然なほどに。衛生状態に気を使えない山賊や盗賊にしても、もう少しまともな格好をしていてもいいはずだ。
おまけに頭に何か妙なものを乗せている。帽子にしては小さく、腕や足の動きに合わせて時折動いている。
どことなく、豚の耳のようにも見える。
嫌な予感を抱きつつ、彼は少女のおしりを確認する。
そこから生える細く短い尻尾を見つけて、彼は表情を引きつらせた。
それと同時に少女の動きが止まる。ゆっくりと振り返る彼女と、目が合ってしまう。
「あぁ、ちょうどいいところに人間のお兄さん。ねぇねぇこれ外してよ。足に絡まっちゃって取れなくなっちゃって」
少女は助かったとばかりに、ほっと表情を緩ませた。
「ほう、それは災難だな」
耳を確かめるべく助ける振りで近づき
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