最近、ナナリーの様子がおかしかった。
いつも事あるごとに激しく振れたり膨らんだりする尻尾も、ここ数日は萎びて垂れたまま覇気がない。小さな物音にも反応してせわしなく動いていた耳も伏せったまま動くことも少なくなった。
ご飯の時も元気が無く、何を話しかけても上の空。好物を土産に買って帰っても反応が薄い。
何か悩み事があるのか、それとも病気なのか。
毎日不安だが、自分一人ではどうすることも出来ない。
昼休みの食堂でそんな悩みを友人に話すと、彼はあっけらかんとした様子でこう言った。
「発情期なんじゃねぇの? だって犬なんだろ」
「ナナリーは犬じゃない!」
思ったよりも大きくなってしまった声と机を殴った音が響いて、騒がしい程だった食堂の喧騒が一瞬静まり返った。
「悪かった悪かった。言い方が悪かった。そういうつもりじゃなくてだな、犬型の魔物娘だってことを確認したかったんだよ」
「そうだよ。クー・シーっていう種族の。……悪い。俺もカッとなちまった」
息を吐きながら頭を振る。彼女の事を犬呼ばわりされると、いつも自分を抑えられなくなってしまう。悪い癖だ。
騒がしさはすぐに戻ってきて、もうこちらを見ている者もいなかったが、胸の中の重苦しさはいつまでも居座り続けた。
「恋人、だったっけか?」
俺は苦々しい気分で首を振る。
「いや。けど昔から俺の面倒を見てくれていた家族なんだ。母親のような、姉弟のような、とにかく大事なひとなんだ」
「大切にしてるんだな。本当に悪かったよ。俺だって大切な人をそんな風に言われたら頭にくる」
「いいんだ。それはもう」
人から何と言われようと気にしなければいいだけなのだ。彼女を犬だと言われて怒るのは、俺自身がそれを意識してしまっているからに他ならないからだ。
ナナリーは犬ではない。ウルフ属の中でも特に犬の特徴の強いクー・シーという種族ではあるが、れっきとした魔物娘だ。
珍しい動物が魔物化する種族の一つで、忠誠心と愛情の高い犬が変化するとされている。
よく覚えてはいないのだが、彼女も俺が生まれた時にはまだ犬だったらしい。
物心ついた時にはすでに彼女は今の姿になっていて、居なくなってしまった両親の代わりに独りで俺の世話を焼いてくれていた。
彼女の事は大好きだし、感謝している。まかり間違っても犬などとは思っていない。けれど俺はやはり心のどこかで、周りから見ればそういう風にしか見えないのか、とも思ってしまっているのだ。
その外見からか、それとも犬から魔物化する種族故か、こういう揶揄もそう珍しくは無かった。相手が馬鹿にしているわけではないと分かっていても、やはり全く気にならないといえば嘘になる。
「けど、魔物娘の事ならそれこそ専門家がその辺にごろごろいるだろう。誰かに聞いてみるのもいいんじゃないか。何なら魔物娘自身に聞いてみるのもいい」
友人は顎で周りを示して見せる。言葉通りに、食堂内には人間の男女のみならず明らかに人間の姿とは異なる、けれど人間の女性の姿によく似た、通称魔物娘たちの姿も数多く見受けられる。
魔物娘。かつて魔物を統べる魔王がサキュバス種に代替わりしたことにより魔物から変化したとされる、人間とは似て非なる種族。
未だに神に仇なす敵だとする者たちも多いが、人間と手を取り合う選択をした者たちもまた確かに存在していた。
ここはそんな後者が集まった、魔物娘と人間が共に暮らす親魔物領。そこの魔術研究所の食堂ともなれば、魔物娘が居ないほうがおかしい。
しかし、その中でもやはりナナリーほど獣に近しい姿をした魔物娘は少ない。
「あるいは、もういっそ本人に聞いてみた方が早いんじゃないか? 様子がおかしいけれど、何かで悩んでいるのか? 病気なのか? ってさ。大事な人なんだろ」
「そうか。そう、だよな」
相手の悩みを聞く。当たり前のことのはずなのに、何だか目から鱗が落ちるようだった。
ナナリーはいつも元気いっぱいで、悩みを聞いてもらっていたのはいつも俺の方で、それが当たり前になりすぎていて、ナナリーにだってそういう事があるのだと全く考えていなかった。
家族だと思っていたのに。いや、距離が近すぎたからこそ、思い至らなかったのかもしれない。
「ご注文の、羊肉の魔界風煮込みと、魔鶏の小悪魔風です」
獣耳のウェイトレスが注文した料理を運んでくる。尻尾が動いているのか、スカートの後ろの方が揺れている。この子も魔物娘らしい。
友人は礼を言い、笑顔で料理を受け取る。
「ありがとう……って、お前こんなところで何やってんだよ」
かと思えば、突然目を剥いた。声こそ落としていたが、かなり慌てた様子でウェイトレスに食ってかかる。
俺は知らんぷりで自分の料理を受け取り、ナイフとフォークに手を伸ばした。
「常にご主
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