生まれた時から、私は独りだった。
冷たく鋭利な鋼の刀身に、満たされることを知らぬ乾いた魂。それが私の全て。
本来意思を持つはずが無い刀剣に宿ったものが、私だった。私には自我があり、意志があった。いつからそうだったのかは覚えていない。気が付いた時には、私は私になっていた。
身体のどこにも温かい血の巡る場所は無く、他者と意思疎通をするための手段も無かった。冷たい鉄の身体に宿った私の心は、いつも乾いて冷え切っていた。
けれど私は、いや、だからこそなのだろうか、生まれた時から温かさに飢えていた。生きるものの温もりに触れたくてたまらなかった。それだけが私の欲求であり、願いだった。
本来、道具というものは使い手がいなければ動くことも役割を果たすこともままならない。
だが私の創造主は、私に普通の道具には無い力を与えてくれていた。
それは、私を手に取った者を、私が支配する力。
武具の方が所有者を使うという、恐るべき力だった。
鉄の身体は温もりを知らず、常に凍えるようだった。少しでも身体を温めなければ心が消えてしまいそうで、いつも温もりが欲しくてたまらなかった。
だから私は、手に取った人間を使って自分の欲望を求め続けた。
そしてその度、私が通った後にはいつも大量の殺戮が起こった。
剣である私は、皮を裂き、肉を斬り、骨を断つことでしか他者と交わることが出来なかった。血を浴びることでしか温もりを感じられなかった。
私が心を満たそうとすればするほど、周りには無差別な死がばら撒かれた。
その事実を私自身が理解するまでに、所有者が何人か入れ替わるほどの時間がかかった。
その事実を私自身が受け入れられるまでに、更に同じくらいの時間と人の命が必要だった。
だが、理解し受け入れてもなお、私は自分では自分の行動を止めることが出来なかった。
凍てつくような寒さは魂さえも冷たく蝕み。
誰とも繋がることの出来ない孤独に心は荒み続けた。
寒さを一瞬忘れるためだけに、ほんの僅かな温もりを求め続けた。
兵隊も斬った。貴族も斬った。奴隷も斬った。年寄りも、大人も、子供も、幼子でさえも関係なく、斬って斬って斬り続けた。
人間以外のものも斬った。獣も、虫も、魔物でさえも。斬れるものは何でも斬った。
そして気付けば、私を討伐するためだけに無数の戦士が私の前に集まっていた。
こんなたくさんの人間が私のためだけに集まってくれたことに、私は身が震えるほどに歓喜した。
そして私の罪状を聞かされ、自分がどれだけ大きな屍の山に立っているのか。自分がしてきたことが人間達にとって一体どういう意味を持っていたのか。それをようやく身を持って実感した。
戦士達は皆、愛する者を失った悲しみと、私に対する憎しみに溢れていた。
その原因は、全て私に、私の欲望にあった。
私は別に、誰かを傷つけたかったわけではなかった。
ただ誰かと繋がりたかった。その温もりに触れたかっただけだった。私が触れるとその相手は血を流し、命を落としてしまうが、それは仕方がないことだと思っていた。
だが、大切な誰かと触れ合い、交わり、繋がっていたいと思うは人間も同じだったのだ。
私が触れてしまったから、殺してしまったから、この戦士達は愛する相手を失った。
触れる相手が居ない悲しみも孤独も寒さも、私は良く知っている。
それが長年に渡って触れ合い続け、温め合い続けた相手を失ったのなら、どれだけの悲しみと孤独と寒さになるだろうか。きっとそれは、私の想像も付かないほどに強く深い物に違いない……。
私は、近付きたいと思っていた相手を遠ざけてしまうようなことを延々と繰り返していたのだった。
私は初めて途方に暮れた。そして初めて自分という存在に疑問を持った。本来存在するはずも無い、意志を持つ剣という己の存在に。
その時、ようやく私は理解した。
全ては私を作ったものの狙い通りだったのだと。
殺意や害意に精神を支配されようとするのならば、使用者も抵抗しようとするだろう。だが私はただ猛烈に、他者と交わり温もりに触れたかっただけだった。その欲望は、それほどの抵抗もなく使用者の心に侵入し、侵食する。
私の使い手は、ただ誰かに触れようとしただけなのだ。ただその方法が、私を振るうという選択以外には無かっただけで。
こうして私の使用者は本人にその意志も無いまま、まず最初に一番身近で大切な人間を手に掛ける。そして壊れた心が欲望の赴くままに走りだし、狂気に向けて疾走するのだ。夜の森を全力で駆け行くように。
どこかで、私の創造者が笑っているようだった。
私が自分自身だと思っていたものは、全て創造者が目的を果たすためだけに用意した作られた物に過ぎなかった。
いわば、この器だけでなく心
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