おまけ:前日談 初恋の思い出 〜魔物娘の性教育〜

 恋というものは、すべてを変えてしまうらしい。
 心だけじゃなくて、体も、世界さえも。


 今。あの子がいつもの小舟で海に漕ぎ出した。その事が、誰に教えられるでもなく直感でわかった。
 根拠はない。ただ何となく、海のどこで泳いでいても、例え家でお昼寝していたとしても、それが分かる。分かってしまう。
 海の底にまでは、流石に匂いは届かない。もちろん船影が見えるわけもない。だけど海面を目指して泳いでゆけば、ほら、やっぱりあの子の船があった。
 元々私は仲間内でも冷めた方だ。赤い糸なんて信じていなかったし、運命の相手なんているわけないと思っていた。
 いつかは誰かとつがいになって、子供を作るかもしれない。けれど別に、相手なんて誰でもいいと思っていた。誰の子種だろうが、自分の子袋に入れば自分の血は残せる。それなら、別にどんな男にも違いなんて無い。
 そんな風に、思っていたのに。
 今の、この私の感覚は何なのだろう。こんなに離れているのに、どうして彼が海に出たことが分かってしまうのだろう。ただそれが分かっただけなのに、なぜこんなにも胸が高鳴ってしまうのだろう。
 私とあの子は、ただの他人では無いのだろうか。だからこんな感覚になるのだろうか。これが皆が言っている運命の相手というものなのだろうか。海の神様が私達を結ぼうとしているのだろうか。
 疑問は尽きない。けれどどうでもいい。あの子の顔が見られたら、もうどんな疑問にも意味なんて無くなってしまうんだから。
 海面に近づいてゆくに連れて、あの子の匂いが強くなってゆく。青く煌めく水面に、一艘の船が揺れている。あの子の船だ。やっぱり居た。
 釣り糸を垂らしてる。今日は、残念、魚はかかっていないみたい。
 勢いをつけて上に向かって泳ぐ。水面がぐんぐん近づいてくる。太陽に向かって、私は一気に飛び出した。
 飛沫が飛び散る。遅れて海水の弾ける爆音と、吹きすさぶ風の音が鼓膜を揺らす。乾いた大気を全身で感じながら、私は重力のままに空から小舟へ落ちる。
 驚いた顔で私を見上げる彼の胸に飛び込んでゆく。
「やっほー。アクト!」
「お姉ちゃん? 危ないよ!」
 女一人抱きとめるには、まだ頼りない幼い細い体。けれども彼は果敢に私を受けとめようとして、やっぱり出来ずに倒れこんだ。
 か弱く貧弱な男の子。でも、そんな彼なりに全力で気遣ってくれることが何よりも嬉しい。
「いたた。お姉ちゃん怪我はない?」
「大丈夫よ。アクトこそ、大丈夫だった?」
 ちゃんと倒れる前に触手を背中に回したから、彼の身体には傷は無い。大丈夫だと分かっていても、聞かずには居られない。
「へっちゃらだよ」
 彼は少し日焼けした顔で、白い歯を見せて笑った。
「そう。良かったぁ」
 幼くて可愛い。無邪気と無垢をそのまま子供の形にしたような男の子。抱きしめると、おひさまの匂いがした。ううん。私にとってはおひさまそのものだ。
「お、お姉ちゃん。そんなにくっつかないでよぉ」
 ジタバタし始めるけれど、逃がさない。私には両腕の他に八本の触手もあるのだ。大人の男に抵抗されたって逃がさない自信はある。
「あら、いいじゃない。大人になったら、こんな事中々してもらえないのよぉ」
「そうなの?」
「そうよ。こういう事は、大好きな人にしかしないんだもの」
 私がそう言うと、彼は急に暴れるのをやめた。
 どうしたのかしら。と思っていると、小さな声でこんな事を言ってくる。
「ぼくが大人になったら、もうしないの?」
「そうね。アクトが大きくなったら、私は……」
 我慢しているみたいだったけれど、もう少ししたらその目尻からは涙が零れ落ちそうだった。
 胸の中がめちゃくちゃに引っ掻き回されるみたいな感じがした。居ても立ってもいられず、私はぎゅぅっと男の子を胸の中に抱き締める。幼い甘い匂いの中に、ほんのりと雄の芳しい香りを発しつつあるその身体を。
「もっともーっといっぱい抱きしめてあげるから、安心しなさいっ」
 そのままぐしぐしと髪を撫で回す。いい匂い。本当にいい匂い。食べてしまいたいくらい。
「お、お姉ちゃん苦しいよぉ」
 でも、その顔は安心したように笑っていた。
 私は笑いながら苦しがる彼の匂いと感触をしばらく堪能してから、ようやくその小さな身体を開放してあげた。乱れた髪を手櫛で軽く梳いてやれば、これで元通りの男前だ。
「ふふ。大人になるまでにはまだまだ時間がかかりそうだけどね。でも、このままぼうやのままでも可愛いからいいかな」
「もうぼうやじゃないよ。取引だってちゃんとしてもらえるんだから。あ、あんまりこういうことしないでよね」
「泣きそうになってたくせにぃ」
「そ、そんな事無い」
「まぁ、そういうことにしておいてあげるわ。それにしても、ぼうやじゃなくてもボウズみたいじゃな
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