第一章

 雨が降っていた。
 空は厚い雲で覆われていて、しとしとと降る雨は石や葉に触れて幽かな音を立てていた。とても静かな、霊園には似合いの雨だった。
 俺は朝の見回りを始める。傘を濡らす雨の音。見渡す限りの薄緑の芝生に、規則正しく灰色の墓標が並んでいる。
 何も変わらない。昨日も、今日も、明日もきっと。
 何気なく入り口のあたりに視線を向けると、一体の死体が転がっていた。
 俺はそちらに足を向ける。たまにあるのだ、うっかり襲った相手を殺してしまって対処に困ったならず者や、葬式をするだけの金の無い貧乏人が、こうやって死体を置いていく事が。
 この霊園はそういう者もまとめて面倒を見ている。死した者には平等に祈りを。殺した者にも、殺された者にも、来世ではそのような悲劇には見舞われぬようにと。
 死体には首が無かった。立派な鎧を身に着けている事から、それなりの国の名のある騎士なのかもしれない。四肢の至る所に傷がある。首を失ってもなおその手には炎のような形をした波打つ形の片手剣が握られたままだった。壮絶な最期だったに違いない。
 あたりを探してみたが、やはり頭は無かった。首級として持ち去られたというところだろう。
 俺は死体を肩に担ぎ上げ、新しい墓穴を掘ってやるべく歩き出した。


 霊園には、雨音しか響かない。死者が安らかに眠るにはちょうどいい。だが、世界のどこかでは今も戦争をしているのだろう。こんな死体がたくさん作られているのだろう。
 ぼんやりそんなことを考えるうちに、まだ墓石の少ない霊園の外れにたどり着いた。俺は死体をそっと下ろそうとした。
 が、俺はそこで違和感に気が付く。死体が俺の服を掴んでいるのだ。
 死後硬直か。だが、俺が抱えた時にはこんな風になっていなかったはず。
 それに歩いているときには気が付かなかったが、この死体まだ暖かい。
 朝っぱらから出るものが出たか。
 幽霊ではない。恐らくはアンデッド系の魔物だろう。こんな場所に居れば嫌でも聞くことになるし、見たこともある。
 見回りをしたときにはどこの墓も開いていなかったのだが、という事はどこからか迷い込んだのだろうか。
 魔物の傷からはまだ血が流れている。いくらアンデッドとはいえ、流れ出る物を放置すれば死んでしまうだろう。
 死者に対し祈る場で、死にかかった者にはどうするべきか。
 俺は首の無いそれを抱え上げると、自室への道を戻った。


 この霊園はかつてあった戦争の終戦を記念して戦場跡に造られたものだ。
 魔界の関わらない、純粋に人間同士の勢力争いとしての戦争。その戦争の戦没者や、身寄りや名前の分からない被害者を全部まとめて埋葬しているため、敷地はかなり広い。
 管理人は俺一人というわけでは無いのだが、首無しのそれを管理人寮に運び込むのには迷わなかった。
 同僚に見つからなければ特に問題は無いし、見つかってもそこまで問題にはされない。
 戦争からは既に何年か経っている。墓地の管理こそ今でもしっかりとされているものの、管理人自体の管理と来たらいい加減なものだった。
 今霊園に居るのは俺を含めて三人。山男のように屈強な体をした責任者である霊園長。この俺。そして俺の後からここに来た髪の長い痩せた男。
 経歴がしっかりしているのは霊園長くらいのもので、俺も後輩も霊園長に拾われたようなものだった。
 明日には四人になっているかもしれないし、二人に減っているかもしれない。
 時たま現れるアンデッド系の魔物娘とくっついたり、連れ去られて居なくなる事もあれば、行き場を無くした俺のような奴がふらりと現れて霊園長に気に入られる事もあるからだ。
 管理している両国側からすれば記念日にそれらしい人間がそれらしい格好で立っていればそれでいいらしい。あとは墓が荒れなければ、誰も特に問題にはしなかった。
 俺は首の無いそいつを自分の部屋に連れ込むと、まず鎧を脱がせた。鎖帷子、その下のキルトのシャツも脱がせる。
 鎧の下から現れたのは、肉付きのいい女の身体だった。
 一瞬俺は気が動転してしまったが、考えてみれば今は魔物はみんな女性型なのだから当たり前だった。
 肌着は流石に迷ったのだが、これも濡れていたので脱がす。
 厚手の布で体を拭いてやり、ベッドに寝かせる。これでようやく手当をする準備が整った。全く、戦うという事は本当に何から何まで面倒なことだ。こんなにいろいろ着こまねばならないのだから。
 流石に騎士鎧を着ていただけはあり、彼女の全身は女性にしては筋肉質であった。筋肉質と言っても無駄に筋肉がついているのではなく、細身でありながら、一つ一つの筋肉が強靭に鍛え上げられているといった感じだ。
 その筋肉を程よい脂肪と、そして数多くの傷が覆っていた。
 付けられたばかりの傷もあれば、大分前の物だと思われ
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