サップは帰路を急いだ。きっと国の皆は、自分の安否も含めて国の行く末を案じて気が気でないはずだ。
魔物娘は危険な存在ではない。それを伝えれば国の皆も安心するだろう。そうすれば、またいつもの退屈で平穏な日々が戻ってくるはずだ。
森から街道へ出て、そこから集落へ戻るのには思った以上に時間がかかった。集落が見えてくるころには、既に太陽は山の蔭へと姿を隠してしまっていた。
いち早く議会場へと急いでいたサップだったが、集落が近づくにつれて何やら様子がおかしい事に気が付いた。
通りに人が出ていないのだ。いくら日が暮れたとは言え、人気が無くなるにはまだ早すぎる。
そしてそれ以上におかしいのは、街中に武装した見慣れぬ男達が闊歩しているという事だ。
見たことの無い国の印と教会の象徴が描かれた鎧を着込み、帯剣した兵士達。主神教を崇める国の兵士達だ。
彼等は集落の外れにある備蓄倉庫に好き勝手に入り込み、金目の物を持ち出したり、食料をその場で調理し食べ散らかしていた。
いつの間によそ者がこんなに集まっていたのか。それに、なぜこんなに好き放題にしているのか。
事情は分からないが、止めなければ。
駆け寄ろうとするサップだったが、その腕が何者かに掴まれ止められた。見れば、サップの良く知る防衛隊長だった。
「サップか。戻ったんだな」
「隊長。これは一体どういうことなんだ。あいつらは一体何なんだよ」
「彼等は教国の兵士達だそうだ。あの女魔術師がこの国の防衛のためにと、空間転移の魔法陣で呼び出してくれたんだ」
「この国を守りに来ている奴らが、なんで備蓄倉庫を襲っているんだよ」
防衛隊長は苦虫を噛み潰したような表情で低く唸る。
「国に、軍を雇うほどの金が無いんだよ。代わりにと、食料や毛皮等の財産を提供することになったらしい。山の利権を譲り渡す話も出ているそうだ」
「けど、そこまでしたらもう占領されているのと同じじゃないか」
防衛隊長は目を剥いて周りを確認する。近くに住人も兵士達もいないことを確認し、彼はほっと息を吐いた。
「滅多な事を言うもんじゃない。仕方ないだろう、魔物に襲われて皆食い殺されるよりは、他国に頭を下げてでも生き残る方がいい」
「だとしても限度があるだろ。それに、魔物はそんなに危険な存在じゃない。あの子たちは人間に友好的な存在だ」
「何! それは本当なのか?」
「恐ろしい化け物なんかじゃ無かった。身体の一部が虫や花のような形はしていたけれど、みんな可愛い女の子みたいな姿をしていたよ。
それに、俺を見つけてもすぐに襲い掛からずに話を聞いてくれたんだ。事情を話したら、俺の事を捕まえもせずこうして国へ帰してくれた。信用できる奴らだと思う」
隊長は腕を組んで訝しむ。明らかに、サップの話に納得出来ていないようだった。
「恐ろしい化け物の正体が大人しい女の子だったって? サップ、お前ももういい大人なんだから」
「見てきた奴の話を信じないなら、何のための偵察なんだよ。それに、あんただって見た事があるはずだ。前にもこの国に魔物娘を名乗る旅人がやってきた事があっただろ」
「そうだったか?」
サップは苛立たしげに溜息を吐く。前にもこんなやり取りをしたことがある気がする。
が、今回は引き下がる気は無かった。サップにははっきりとした記憶があった。
「……あんたが酒場で魔物娘を目の当たりにした時の顔、今でも覚えてるぞ。だらしなく鼻の下を伸ばしてたっけな。翌日顔に引っぱたかれた跡があったが、何があったんだったかなぁ?」
「思い出した」
「そうそう。嫁さんがいるのに口説こうとして、こっぴどく振られるところまでの一部始終を、迎えに来た嫁さんに全部見られてたんだっけな」
「おいやめろ」
「突然ふらりとやってきた魔術師よりも、俺の方を信頼する気になったかい?」
防衛隊長は疲れた顔で肩を竦める。
「いきなり魔物は女の子だったと言われてもな。しかし確かに俺も見ていたことは事実だ。……確かに、美人だった」
「隊長」
「分かっている。今回の件、確かに臭いな。魔物の巣が作られていると伝えてきたのも魔術師なら、魔物が危険だと触れ回ったのも彼女だった。軍隊を呼んだのも……。まさか」
「とにかく。魔物が危険な存在では無い以上、兵隊がここに居る必要もないだろ。帰ってもらおう」
「そういうわけにはいかないわ」
頷き合い、議会場へと急ごうとする二人を、女の声が引き止める。件の魔術師だ。今は旅の外套ではなく、兵隊達と同じ意匠が施されたローブを身に纏っていた。
その後ろには複数の兵士達が付き従っている。偵察から戻ったサップを労おうという雰囲気では無かった。
「魔物は危険な存在。これは絶対的に明らかな事よ」
ぴしゃりと言い捨てる魔術師にサップは噛みついた。
「嘘だ。俺は実際
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