第一章:偵察

 国の重要な通商路の近くの森林部に、魔物達が巣を作り始めている。突然降って沸いた魔物の脅威に、防衛隊は騒然となった。
 元々国と呼ぶのもはばかられるような小さな自治領だった。そんな小国に、魔物に対抗するような武力は無かった。昔から魔物も少ない土地であり、また山間に位置していることもあって人間同士の戦争に巻き込まれることも稀だった。
 有用な鉱山があるわけでも無く、田畑を開くのにも平地に比べて多大な労力を必要とする。おまけに戦略的な価値も少ない。しかも攻め入るには起伏の多い土地に兵を送らなければならず、太古の時代に築かれた山城も残っていて攻略するのも難しい。そんな土地をわざわざ狙うような国は少なかった。
 戦争になりかける事もあったが、そういう時にはいつも属国として下ることで事なきを得てきた。
 開墾出来る土地は決して多くは無かったが、山の恵みの採取や、野生動物の狩猟等も共に行う事で、つつましやかに生活を営んできたのだった。
 魔物の巣が出来始めているというのは、そんな田舎の小国と他の大国等を結ぶ唯一の街道付近の森の中との事だった。
 修行の旅の途中だという魔術師の知らせが無かったら、恐らく誰も気が付かなかった事だろう。道を利用する者と言えばそういった旅人や行商人くらいのものだったので、集落の人間達も誰も気づいては居なかったのだ。
 確かにこの街道を利用する者は少ない。しかしだからと言ってこの道を放置してしまえば魔物達は数を増やし、群れを成して国に攻め込んでくることだろう。その時には既に道は断絶され、他国への応援も呼べなくなる。
 すぐに議会が招集され、話し合いが行われた。
 大国に応援を呼ぶべきだという意見も出れば、これまで他国にしていたように魔物に対しても属国に下ればいいのではないかと言う者もいた。
 議会はなかなかまとまらず、ついには集落のご意見番である長老や、防衛隊の隊長までもが呼び出された。
 そして長い会議の末彼らが出した答えは、とにもかくにも魔物達の勢力がどの程度のものなのかを確かめるべく偵察を出す、と言うものだった。


 だからって、なんで俺一人で向かわなければならんのだ……。
 小国から続く街道より少し離れた森の中、青年、サップは茂みに身を潜めながら内心でぼやく。
 サップはもともと狩猟を生業としていた。そのため、獲物に身を隠しながら森を往くのには慣れてはいる。
 普段畑で鍬を振っている人間や年寄りが偵察に出るよりは、遥かに適任だというもの事実ではあった。
 しかしサップは納得出来ていなかった。確かに偵察役として、他に相応しい人物はいないかもしれない。森の中での動き方を知らない者が付いて来ても、足手まといになるだけだというのも分かる。だが、だからと言って一人で様子を見に行って、仮に自分が戻らなかったらどうするつもりなのか。
 魔物に食い殺されたのか、それとも単純に国を見限って逃げ出したのか、はたまた魔物に与したのか、誰にも分からなくなってしまうではないか。
 溜息を吐きながら頭を振る。
 無駄なことを考えていても仕方がない。ここに居るのは自分だけなのだ。自分が何とかしなければ、里が更に危険な状況に陥る。
 サップは音を立てないように注意しながら前進してゆく。
 集落を訪れたあの女魔術師によれば、魔物と言うものは皆見るもおぞましい醜い姿をしており、鼻のひん曲がるような腐敗臭や硫黄のような匂いを漂わせているのだという。
 人間を主食にしている奴等は、皆獰猛で獲物を見つけ次第襲い掛かってくると言う話だ。鋭い牙や爪にかかれば、人間の身体なぞ簡単に八つ裂きだろう。
 彼らは空腹を満たすことよりも殺戮に悦びを見出す化け物達で、仮に捕えた獲物を喰っている最中だったとしても、生きている人間を見つければ喰いかけのそれを放り出してでも襲い掛かって来るらしい。そしてただでは殺さず、獲物を嬲るだけ嬲った後に、まだ息がある状態でじわじわと喰っていくのだという。おまけに知性もまるでなく、腹が減れば共食いも平気で行うらしい。
 聞くだに恐ろしい存在だ。……あくまでも、魔術師の話通りならば、だが。
 サップは魔術師の事を疑っても居た。だからこそ、偵察役も引き受けたのだ。
 小さな集落は、その土地柄もあり確かに訪れる人間は少ない。しかし外部との交流が全く無いかと言えばそんなことは無く、行商人や旅人などは時折訪れたりはしているのだ。魔界の道具や魔物が原料の物品を扱う商人も稀に訪れる事があるし、自分は魔物娘だと名乗る旅人や夫婦がやってきた事もあった。
 サップ自身も彼らと話したことがあったが、皆魔物の事を気さくに話していた。商人も普通の商品を扱うように魔物由来の品を扱っていたし、魔物を名乗る女性も恐ろしい程美しくはあったが、とても人を喰うようには
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