第五章:それでも隣に居たいから!

 翌朝、僕達は魔法が解けたかのように、いつも通りの朝を迎えていた。
 結局つながり続けて、一睡もしていなかった。にも関わらず心も体もすっきりしていて、これ以上ないほどに体調も良かった。
 いつも通りに学校にも行って、授業も受けた。
 けれど、いつも通りにいかないこともあった。
 隣の、犬飼だ。分かっていた事ではあったが、まともに口をきいてもらえなかった。それどころか、僕が彼女の方を見ようとしただけで彼女はそっぽを向いてしまって、目も合わせてくれなかった。
 授業も退屈極まりなく、僕の楽しみは帰ってからのエンナとのひと時だけだった。
 そのエンナから、昼休みにこっそりみんなに隠れて告げられた。
「放課後、学校に残ってて。しばらくしたら旧校舎の音楽室に来て」
 そんなところで何をするのかは、あえて聞かなかった。僕達が一緒にすることと言えば、大体もう決まっているようなものだからだ。


 楽しみな事が一つでもあると、意外と他のことも楽しめるようになったりする。
 それからの授業は異様に頭の中に入った気がした。最近ぼんやりしてしまう事が多かったが、これで勉強の方も少しは巻き返せそうだった。
 しかし、そんな風に成績の事を気にしていたのも終業のチャイムが鳴るまでだった。
 何はともあれ、一番大事なのはエンナとの約束だ。
 放課後のチャイムが鳴るなり、エンナは僕を置いて教室を出て行ってしまった。
 しばらくしたら来てほしいと言っていたし、たぶん何か準備があるのだろう。
 僕はぼんやり、窓の外を眺める。
 少し赤みが差し始めた澄み渡った空に、ゆっくりと雲が流れてゆく。穏やかな景色の中を、半人半鳥のハーピーが男を掴んで横切っていった。
「……何だありゃあ」
 ハーピーはそのまま、隣の校舎の屋上に着地した。陰で見えはしないが、やっていることは何となく想像がついた。
 立ち上がって校庭を見下ろすと、以前勧誘を受けていたケンタウロスとリザードマンが短距離走で勝負をしていた。
「魔物娘も増えたよなぁ。……あれ?」
 陸上部の顧問。確か人間の女の先生だったはずなのだが、今指導に当たっているのはどう見ても魔物娘だった。
 目を凝らしてみるが、顔立ちは見覚えのある先生に間違いない。
「人の真似をする魔物娘とかか。でも、そんなのすぐ周りにばれるだろうし」
 少し気にはなったが、しかしその先生には授業も教わっていないし、陸上部の知り合いもいない。自分には全く関係のない事でもあった。
 であればそんなことで悩むよりは、待ち合わせの場所に行く方が重要だ。
 時計を見上げると、時間もそれなりだった。僕は意気揚々と、旧校舎の音楽室へと向かった。


「エンナ、おまた、せ?」
 足取り軽く向かった音楽室には、しかしエンナ以外にも予想外の人物が居た。
 眼鏡をかけた、長い黒髪の小柄な女の子。後ろ姿しか見えなかったが、こんな子は一人しか知らない。
「待ってたよぉマサル。さぁ、始めよっか」
「始めよっかって、ちょっと待ってよ。そこにいるの、犬飼さんだよね」
 彼女はびくんと肩をすくませる。
 エンナは彼女の肩に手を回すと、僕の方へと振り向かせる。
「そう、犬飼ちゃんだよ。今日は三人でするの」
 犬飼は俯いたまま、僕の方を見ようとはしなかった。スカートをぎゅっと握りしめて、小さく震えているようだった。
「昨日の事があったからか? 一緒にすれば共犯になるからとか、そういう事か?」
「そんなつまんない事のためにわざわざ犬飼ちゃんを連れてこないよ。それに、それじゃ犬飼ちゃんを無理やりレイプしようとしてるみたいじゃない」
「そうだよ。嫌がってる相手を力づくでなんて、そんなのただの暴力じゃないか」
「だから、そうじゃないんだって。犬飼ちゃんもマサルとしたいって言ったから、ここに連れてきたんだって」
 犬飼が、僕と?
 僕は犬飼を見るが、犬飼は相変わらずの様子だった。怒っているような、怖がっているような、不安がっているような。縮こまったまま動こうとしなかった。
 エンナは見かねた様子で、犬飼の肩に手を回した。
「犬飼ちゃん。素直になりなよ。好きな人が目の前に居るんだよ?」
 エンナの手が、犬飼の胸元をまさぐる。小ぶりながらも、確かにそこにある膨らみを強調するように、円を描くように撫で回す。もう片方の手がブラウスのボタンを外し始め、尻尾がスカートの中に潜り込む。
「あ、ぅ。だ、だめよエンナさん」
 犬飼はエンナの手を掴み、卑猥な悪戯を止めさせる。
 いったい何が起こっているのか、僕には見当がつかない。昨日まで犬飼はエンナの事を目の敵にしているようだったのに、それが今ではじゃれついてもそこまで嫌がっている様子もない。
「じゃあ、犬飼ちゃんもちゃんと自分の気持ち伝えてよ。好きってちゃんと言いなよ
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