第一章:留学生がやってきた!

 歴史の教科書によると、二十世紀最大の発見は異世界の存在の発見だったらしい。
 その世界には魔法という技術が存在していて、人間や動物以外にも、魔物娘という生き物が暮らしていた。動植物の生態系や地理学的な諸々は僕達の世界と同様ではあったらしいのだけれど、こちらの世界では感知できない法則もまた存在している、似ているようで全然違う世界だった。
 ファンタジーの世界よろしく強大な魔力を持った魔王という存在も居て、かつては人間との間に戦争も度々起こっていたらしい。けれども、今のサキュバスの種族の魔王が魔物達を束ねるようになってからは魔物は皆人間に友好的な魔物娘へと姿を変え、それからは平和な治世が長く続いているという話だった。
 けれどもそんなことを知らない当時のこの世界の人々は、彼女こそが予言の恐怖の大王なのではないかと噂していたらしい。
 存在が発覚した当初は研究者達も新しく発見された世界に対してどういった対応をするべきかかなり神経質だったらしい。けれど、魔法という技術も魔物娘という存在も害の無いものだという事が分かってくると、研究者達は更なる技術開発のために、異世界の技術や文化を積極的に受け入れるようになった。
 そして異世界が発見されて十数年が経った現代、異世界からの移住者や、文化的交流として異世界との交換留学も当たり前となり、僕らのような市井の間にも魔物娘はそれほど珍しい存在ではなくなり始めていた。
 しかしそうはいっても、留学生の受け入れはまだ少数の家庭に限られていた。外交的にいろいろナイーブな問題もあるらしく、留学生の滞在は選ばれた家にのみ認められていた。
 きっと金銭的に裕福だったり、家柄がしっかりした家庭にこそ、この世界の事を学びに留学生がやってくるのだろう。
 その点、うちは清く正しい一般庶民だ。父親は中小企業に勤めるヒラリーマン、母親は主婦業の傍らでパートしつつ、習い事を楽しみにするどこにでもいるその妻、そして二人の息子であるこの僕は公立の高校に通う、勉強も運動も顔も平均的な目立たない学生。
 そんな普通を材料にして作り上げたような一般家庭なんて、魔物娘とは一生関わり合いを持つ事なんて無いだろう。
 僕はそんな風に考えていた。
 ……けれどそれは間違っていたらしい。
「明日から留学生の子が来るぞ」
 という父親の宣告は、本当に突然の事だった。
 夕食を終えて居間でテレビでも見ながらくつろごうとしていた、油断し切った状態での予想外で意味不明な宣告は、不意打ちもいいところだった。
 裕福でも貧乏でもないけれど、景気が悪くなるといろいろと苦しい、どこにでもある一家庭。そんなうちに、ある日突然別世界からの闖入者がやってくることとなった。


 なぜうちのような特徴が無い事が特徴のような家庭が魔物娘の留学生を受け入れなければならないのか。それはひとえに、父親の会社の都合だった。
 父親の勤める会社が懇意にしている取引先の一つ、アビスコーポレーションとかいう企業が魔物娘との交流を推し進めているらしく、会社同士の関係を強めるために何人かの社員の家庭で留学生を受け入れる事になったのだという。
 突然降ってわいた話に、家族一同騒然となった。かと思われたが、その実そうでもなかった。
 "魔物"娘と言われているが、彼女達はそこまで恐ろしい外見をしているわけでは無いのだ。確かに体の一部に動植物や昆虫の特徴を持っているが、魔物"娘"と言うだけあって人間の女性に近い姿をしている。
 加えて、魔物と呼ばれてはいるが人間を殺して食べたりはせず、むしろ人間に対して友好的だという事も既に一般常識だ。
 サキュバスの系列ということで非常に性欲が強いということも言われてはいたが、既婚の男性を襲うという事は非常に稀であり、さらに夫を持った魔物娘が浮気をする例に至っては皆無で、むしろ人間の夫婦よりも倫理観は高いのではないかとさえ言われていた。
 そのため父さんも母さんも、特にそれほど気にしてはいないようだった。むしろ留学生を受け入れることで発生する臨時収入に目を輝かせていたくらいだった。
 不安になったのは僕だけだった。
 何しろ、両親が一緒だとはいえ一つ屋根の下で女の子と暮らすことになるのだ。間違いがあってはいけないし、クラスメイト達からも変な目で見られてしまいそうで嫌だった。
 父さんの話によれば、彼女がうちにやってくるのは翌日の夕方になるらしい。
 ……ただし、彼女が留学先として訪れるのはうちの学校で、しかも編入先はうちのクラスとの事だった。つまり家に来る前に、僕は誰より先に彼女と顔を合わせることになるのだ。
 当たり前のように、その日は全然眠ることができなかった。


 眠れなくても、朝は来る。朝が来れば学校に行かなくてはならない。これからうちで暮らす
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