その想いは狂おしいほどに純粋で

 浜辺を歩いていると、女が倒れていた。
 全身ずぶ濡れの、ぼろをまとったどこの誰とも知らぬ女だ。
 薄汚れてはいたが、顔立ちはいい女だった。生きているのか、死んでいるのかわからなかったが、厄介ごとを抱え込むのは御免だった。
 俺は女を見なかった事にした。どうせこの辺りに暮らしているのは俺だけだ。ほかの誰も責めやしない。
「ん。うぅ……」
 そばを通りかかると、女が小さくうめき声をあげた。
 そのまま目を覚ますわけでは無かったが、死んでいないことだけは確かなようだった。
 気づけば俺の足は止まっていた。女を抱え上げていた。
 自分でもなぜこんなことをしているのか、理解できなかった。
 女を拾ってどうしようというのだろうか。助けて感謝されたいのか。性欲を晴らすために使うのか。まさか嫁にでもするつもりなのか。馬鹿馬鹿しい。
 捨てるのは簡単だ。今すぐ両腕に込めた力を抜けば、それで済む。けれど俺は、女の体重を手離す事がどうしても出来なかった。
 冷たかった両腕に、女の体温がしみ込み始めていた。か細いが、呼吸の音も聞こえていた。
 やはり女は生きていた。


 ねぐらにしている小屋に女を連れてきたものの、そのまま上げるには女の身体は汚れ過ぎていた。
 俺は嘆息して、女のぼろを脱がした。
 見慣れているというほどではないが、女の裸に免疫が無いわけでもない。正直に言って、その身体は美しかった。
 女は小柄で、どちらかというとやせ形だった。鎖骨が浮き出て、うっすらと肋骨も見えるほどだった。腕も、力を込めれば折れてしまうのではないかと思うほどほっそりとしていた。
 しかし肉付きが悪いかというとそうでもなかった。
 乳房は片手では収まらないほど大きく、形も丸みを帯びた綺麗な形をしていた。尻や太ももにも脂がのって、女らしい曲線を描いていた。
 観賞も程々に、俺は手拭いを水で濡らして女の汚れを拭ってやった。
 大体が泥と砂だった。清めた後で今一度体を改めたが、どこかに傷があるという様子も無かった。髪の毛の間も探ったが、こぶも無かった。
 乗っていた船でも難破して流れ着いたか、あるいは身投げでもしたのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないようだ。
 ……ならばこの女は、どこから来たのか。
 気になるが、考えても答えが出る事でも無い。
 俺は頭を振って、乾いた手拭いで女の身体を拭く。
 部屋に入って、布団にその身を寝かせてやった。
 いつもしないことをすると、疲れてしまう。俺は体をほぐしながら、飯の用意をするべく土間へと向かった。


 魚を煮ていると、急に物音がした。
 こんなところに盗人かと、少し驚きつつも包丁を片手に音のした方へ向かうと、全裸の女が今日獲ってきたばかりの魚にかじりついていた。
 そういえば女を拾ったのだった。何のために二人分の料理を作っていたのか、自分でも忘れていた。
 そんなに腹を空かせていたのだろうか。魚籠を同じ部屋に置いておいたのがまずかったか。
 女は俺に気が付くと、警戒するような目で俺を見た。
「生で食うことは無いだろう。飯の用意をしている。ちょっと待っていろ」
 女は首をかしげる。
「あー。あと、服はそれを着ろ。俺ので悪いが、女物は無いんでな」
 俺は部屋の隅に置いてある着替えを顎でしゃくると、土間に戻った。
 料理を済ませて部屋に戻ると、女は俺の着物を斬新に着こなそうとして四苦八苦していた。
 本来腕を通すべきところに足を通し、そこからとにかく体を隠そうとしたのか、着物を体に巻き付けて、何とか帯で結ぼうとしていた。
「……脱げ。着方を教えてやる」
 俺は料理を置いて、女の腕をつかむ。
 女は嫌がり抵抗したが、その細腕では男の前では無力だった。
「すぐ済む。お前をどうこうしようという気は無い」
 帯を奪い、着物をはぎ取る。袖から足を抜くのに苦心したが、女も意図を察したのか自ら足を上げてくれた。
 それから女の後ろに回り込み、その細い肩に着物をかけてやる。袖に腕を通させ、前を合わせて帯を締める。
 意図せず抱きしめるような形になる。その体は柔らかく、うなじの甘い匂いが鼻先をくすぐる。
 女の感触だ。しばらく忘れていた感覚だった。
「ほら。着物というのはこう着るんだ。分かったか」
 女は振り返ると、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「き、もの。わか、った」
 まるで白痴を相手にしているようだ。
 女は着物の袖や、胸元で重なる襟の感触を触って確かめる。あまりにいじるので合わせがずれて胸元がこぼれた。
「あまり派手に動くな」
 俺は胸元を直して、帯を締め直してやった。
「さぁ、飯にするぞ」
 俺はお膳の前に腰を下ろして、飯に手を付ける。
 白米を食いながら、朝作った味噌汁をすする。煮魚の味もまあまあだ。
 ふと目線を上げると
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