結:吸い付き消えない痕付けて

 この小さな魔物娘、チコが住処としていたのは、俺が住んでいるところとそんなに変わらない、どこにでもある小さなアパートだった。
 入ってすぐにトイレとバスルームへ続いているのだろう扉があって、キッチンはリビングと一緒になっていた。
 チコの部屋は簡素で落ち着いていた。
 特にポスターなども貼られていなければ、物が散らかっているという事も無かった。部屋の中に置かれているものと言えばパステルカラーのベッドやテーブルや本棚のような家具、あとは姿見の鏡や、小物棚、コルクボードくらいだった。
 よく整理しているのか、それとも趣味があまりないのか。
 本棚の上の小物棚にはデートしたときに買った香水や雑貨品が、コルクボートにもデートで撮った写真が貼ってあった。
 一緒に過ごした時間はまだ短かったけれど、それでも二人の物語が確かにそこにあった。
「お茶を淹れるから、座って待っていて」
 離れていこうとする小さな背中。ほんのわずかな距離であっても、黙って見送る事が出来なかった。
 腕を掴んで引き寄せて、その小さな身体を抱きしめる。
「あっ」
 息を飲み、もがくチコ。俺は力付くでそれを押さえつけ、決して離さなかった。
「好きだ。チコ。大好きだ」
 彼女の身体から緊張が抜けていく。
「……うん。知ってた」
「だったらどうして言ってくれなかったんだよ。俺の事そんなに信じられなかったか?」
「だって。……もし教えて、それで嫌われたらって思ったら、言い出せなかったんだよ。ボクは魔物娘、妖怪のあかなめなんだ。人間じゃないんだもの」
「それでも逃げる事は無いだろ?」
「怖かったんだ。厚司の反応を見るのが怖かった。もし怖がられたら、気持ち悪がられたら、嫌な顔されたら、ボクは……。
 でも、まさか追いかけて来て、家まで来るとは思わなかったけど」
「ストーカーみたいで気持ち悪いか?」
 チコが少し笑ってくれて。俺もちょっと安心した。
「でも、妖怪になんて見えないぞ? ただの女の子にしか見えない。あんまり可愛いから、どこにでもいる、とは言えないけど」
「も、もう。厚司ったら。
 えっとね。人間と見た目が変わらないような種族も居るんだよ。でも魔物娘は例外なく、男の人の精を得ないと生きていけないの。魔王様がサキュバスだから、みんなその影響を受けているんだ。
 だから魔物娘はみんなえっちな子なんだよ。淫乱なんだ。そんな子、嫌がるかなって……」
「チコは何人かと付き合ったり、えっちした事あるの? 店長さんからは処女だって聞いたけど」
 腕の中の彼女の首筋が、心なしか赤くなった気がする。
「な、何言ってるのさ。しょ、処女なわけ無いじゃない。食べまくりだよ。ボクみたいなあかなめは垢が主食なんだけど、飲み屋街で立ちんぼしてれば、酔っ払いなんてすぐに釣れるからね、誰彼構わず嘗め回して、食べ放題だよ。セックスだっていっぱいしたよ。一夜限りの関係だってたくさんあったんだから」
「なんか話が違うなぁ。魔物娘は一人の男に決めて、自分専用にするって聞いたけど?」
「それは、えっと……。ぼ、ボクは特別、気が多いたちで」
 恐らく嘘であろうが、今の言葉が本当かどうか俺には確かめるすべは無い。けれど、仮に彼女が処女じゃ無かったとしても、これまでたくさんの男を経験していたとしても、それでも、まぁいいかと思えてしまった。
 部屋を見る限り、そんな子には見えないし、他の男の影があるわけでも無い。仮にそうだったとしても、誰にも絶対チコを渡さない。
 俺はチコの髪に顔を埋める。初めてのデートの時に買った香水の、いつものいい匂いがした。
「それでもいいよ。チコが今まで誰と付き合ってようが、何人と寝てようが、複数人同時に変態プレイしてようが」
「余計なの増えたよね! そんなのしてないから!」
「根暗だろうが、虚勢を張ってようが、これまでがどうであろうと、これから先ずっと一緒に居て欲しいって思う。これからは、俺だけの為に、俺のそばに居て欲しいって思う」
 チコの身体が少し震えたようだった。
 彼女はしばし押し黙り、そして言葉の代わりに、俺の腕に雫が落ちてきた。熱い雫が。
「長い舌を見たでしょ。ボクはこの舌を使って、厚司の垢を食べていたんだよ。全身ぺろぺろして、腋の下とか、お尻とか、おちんちんとか喜んで舐めてたんだよ。汚いって思うでしょ。気持ち悪いって思うでしょ」
「まぁ本音を言えば、ほんのちょっとだけな。びっくりしたって言うか、なんと言うか。でも、あんなに気持ちいい事は生まれて初めてだったし。それでチコの事を好きじゃ無くなるなんてことは無いよ。愛情表現なんだとすれば、これ以上嬉しい事も無い」
 ぽたぽたと、腕に雫が垂れ落ち続ける。チコはしゃっくり上げ、鼻水を啜り、嗚咽混じりになりながらつぶやくように言う。
「ごめん
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