海底城の踊り子達 〜蟹の章〜

 朝起きたら軽めの朝食を取り、仕事場である港へ向かう。
 船が付いたら積荷の上げ下ろしを行い、港を発って行く船を見送り、別の船が到着するのを待つ。
 別の船が到着したらまた積荷の移動を行い、それを日が暮れるまで繰り返す。
 仕事が終わったら露店でその日の夕食を買い、家に帰る。
 家に着いたら食事を手早く済ませ、神への祈りをして安物のベッドに横になる。
 そして日が昇ったら、昨日と同じ事を繰り返す。


 ……これが、アルタルフの生活の全てだった。
 仕事場の仲間達からはお堅い奴だと言われており、アルタルフ自身もその事は自覚していた。
 このままではいけないと思い、自分を変えようとしたことも何度もあった。
 仕事場の仲間と共に酒場に行ってみた事もあった。女性が相手をしてくれる店に着いて行った事もあった。外国の妖しげな煙草を試したこともあった。
 しかしそのどれもがアルタルフには受け付けなかった。
 酒を口にすればすぐに目を回してしまい、女を前にすれば緊張で何も言えなくなった。煙草などは吸った翌日に熱を出してしまう始末だった。
 授業料は決して安くは無かったが、その結果分かった事は自分には遊びは向いていないという事実だけだった。
 遊びが駄目なら夢を持とうと船乗りを目指したこともあった。組合に申し出て、見習いとして船にも乗せてもらった。
 しかしこれも失敗に終わった。船に乗った途端に船酔いで立っている事も出来なくなってしまったのだ。驚くべきことに、港に停泊している間の僅かな揺れでも気分が悪くなってしまった。
 こうして、アルタルフは夢を見ることさえもやめてしまった。
 ならば家族を作ろうとも考えた事もあったが、これも上手くはいかなかった。
 元々アルタルフは女性に縁が無く、結婚してくれそうな付き合いのある女性は居なかった。ならばと見合いも考えたが、荷物の積み下ろししか出来ない稼ぎの悪い男と見合いをしたがる女はほぼ皆無だった。
 それでも奇跡的に二三度見合いは出来たが、女性が苦手なアルタルフには数少ない出会いだけで相手の心を掴む事は出来ず、結局誰からも見向きもされなくなってしまった。
 そんなアルタルフが最後にたどり着いたのが、信仰だった。
 主神様はきっと全てを見ておられる。真面目に生きて働いていれば、いつかは天国に行けるだろう。何の楽しみも無い、楽しめることも無い生活の中、アルタルフが最後に縋りついたのが教団の教えと言うわけだった。
 信仰だけは何かに邪魔されるという事は無い。相手もおらず、体質も関係ない。自分が真摯に、信仰心を持っていれば救われる。アルタルフはそう信じていた。
 人生の目的を見つけ、アルタルフもようやく安らかに生活が行えるようになった。と思われたが、その安寧も長くは続かなかった。ある日突然、アルタルフが最後にたどり着いた寄る辺でさえ、露と消えてしまうような事件が起こったのだ。
 その日、彼の住んでいた港町を治めていた商人たちは教団の教えを否定し、教団側から魔界側へと鞍替えを表明した。それはアルタルフが信仰に希望を見出してから、ほんの一月も経つ前の出来事だった。


 この世界には大きく分けて二つの勢力があった。
 この世界を作った主神を崇める主神教団と、それに敵対する魔界の勢力だ。
 歴史上、魔界の勢力、つまり魔物達は決して人間とは相いれない人類の天敵だった。魔物は人を騙し弄び、甘言で誘惑し堕落させ、そして殺し喰らうような存在であったのだから、分かり合えるはずなど無かったのである。
 ところが先代魔王から現魔王へと魔界側の最高権力者が代替わりをした事からこの敵対関係が微妙に変化し始める。
 魔物達が、人間を殺し喰らう事を止めたのだ。
 それどころか魔物達は人間の女性に近い姿、魔物娘へと変化し、人間を生殖の相手と見なし、愛するようになった。
 姿形が人に近づき、意思疎通も可能になってくれば、当然相手の事を同族と見なす事も不可能ではなくなる。好意を示してくる相手を無下に切り殺す事は難しくなり、無償の愛を与えてくれる者には敵意以外の感情も生じてくる。
 こうしていつの頃からか魔物娘と通じる人間が現れ始め、そういった人間達が増えるにつれ、魔界と手を取り合う親魔物派の国家も現れ始めた。
 主神を崇める教団は形は変わっても魔物娘達は人を喰らうと教えていたが、その教えが事実とは離れていっている事は隠しきれるものでは無かった。
 結果、魔物娘が人間に害成す存在では無いという事実は少しずつ知れ渡ってゆき、それにつれ親魔物国家は徐々にではあるが増え続けていた。
 その時流の波が、この港町にもやってきた、と言うわけだった。


 街の有力者たちは街の住人達に魔界と敵対するのを止め、魔物達と仲良くするようにお触れを出した。
 もともと
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