燃える山岳

 私がその山の話を聞いたのは、同業者たちの間で交わされる世間話からだった。
 とある魔界の隅にあるその山は、魔物の魔力で満たされているにも関わらず、これまでに一匹の魔物の姿も見つかっていないのだという。
 魔物の魔力と言うものは魔物娘の身体から発せられる。本来であれば魔物娘がいなければ魔物の魔力も存在しないのが自然なものだ。
 魔物学者として、こんなに興味を引かれる題材は無かった。私が話を聞いてから、荷物をまとめて件の山に赴くまでにそう時間は掛からなかった。
 かくして私の調査活動は始まったのだった。


 それから半年。私は地元民から借りた炭焼き小屋を拠点に、山の中を歩き回って調査に明け暮れた。
 その山には他の山では見られないようなさまざまな場所が存在していた。
 ガラス質の何かで出来た森、硫黄臭のする大きな沼、砂丘のような広い砂地、大きな怪物が出鱈目に暴れ回ったような跡の残る岩場。
 自然ではまず出来ないような、しかしながら人工では決して作り出せないような光景を見て回るのはもちろん面白く、それらが出来た経緯を考えると非常に興味深かった。
 しかし私の研究対象である魔物娘の姿は、この半年を通してどこにも見つけられなかった。
 山はかなりの高山帯にあり、そのほとんどが地べたに岩がごろごろと転がっているような荒れ地になっている。それに加えて植物などは大きいものでも腰元あたりまでの低木ばかりなので、どこかに身を潜めているという事も考えられなかった。
 自分が一人身の男だという事を考えても、ここまで魔物娘の姿を見ないのであれば存在していないのだと考えるのが自然だった。


 季節が巡り雪が降り始めても私は諦めなかった。
 寒くなれば寒冷地の魔物娘が現れるかもしれない、と考えたのだ。
 イエティ、グラキエス、ゆきおんな等々。雪山の棲む魔物娘も多い。あるいは彼女達が冬の間だけここで暮らし、その時の魔力が残留して山を覆っているのであれば、この現象にも説明が付けられる。
 しかし、いくら待っても魔物娘は現れなかった。
 真っ白に雪化粧した山を歩き回っても、魔物娘どころかどこでも感知できるような微弱な精霊の気配さえ感じられなかった。
 やがて冬の気配は強まり、吹雪の日が増えた。雪の量も多くなり、腰まで埋まってしまう事も珍しい事では無くなって来た。
 私は研究の中断を決断せざるを得なかった。私は魔物の専門家ではあったが、雪山の専門家では無いのだ。
 仕事上、魔物娘に襲われ腹上死するのは望むところだったが、雪山で凍死する気は無かった。
 ……まぁ魔物娘の習性上、パートナーを吸い殺すという事はありえないのだが。
 ともかく私は再び荷物をまとめ、山を下りることにしたのだった。


 がらんどうになった炭焼き小屋に別れを告げ、私は下山道に足を向ける。……はずだった。
 しかし小屋から出た途端に、気が変わってしまった。
 雲一つない澄み渡った青空を見ていたら、最後にもう一度だけ山を見て回りたいと思ってしまったのだ。
 日が暮れるまでに麓の街までたどり着けるように引き返せばいい。日が暮れてしまっても、炭焼き小屋に泊まれば何も問題は無い。
 私は最後に思い出を焼きつける様なつもりで、歩きなれた山道に一歩を踏み出した。


 かなりの標高を誇るこの山からは、近隣の山々や近くの里が見下ろせる。雪が降る前は青々とした波打つ山々が見下ろせ、雪が降った今も白と青の稜線が美しかった。
 加えてこんなにも空が晴れ渡っていれば、気持ちが良く無いわけが無かった。
 しかしこうして見慣れた光景もこれが最後だと思うと、寂寥感がこみ上げて来るのもまた事実だった。
 結局、私はここで何も成せなかった。
 新しい事は何も発見できなかった。魔物娘を発見する事も、魔物の魔力がなぜこんなに充満しているのかも明らかにすることが出来なかった。この山にある色々な場所がどのようにして形成されたのも、仮説は立てられても証明する手立てが思い付かなかった。
 しかしまぁ研究と言うものはそう言うものだった。何もかもが上手くいくというわけでは無い。あるいはこの地での経験が、他の場所の探求に役に立つかもしれないのだ。そうでも考えなければやっていられない。
 研究とは、闇の中に道があると信じて勇気をもって一歩を踏み出してゆく事なのだ。
 自分の信念を再確認して、改めて一歩踏み出そうとしたその時だった。
 轟音が、響いた。
 突然、山が咆哮を上げたかのようだった。低い唸り声のような音が、地面の底から突き上げていた。
「な、なんだ?」
 そして、世界が揺れた。
 踏み出そうとした足はたたらを踏み、私は無様に地面に這いつくばる。
 揺れは急激に強まり、立ち上がる事すらままならない。
 そして突然手足から支えの感覚が失
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