吾輩は小説家。名前はまだ売れていない。
ようは売れない小説家である。意地で物書きだけで糊口を凌いではいるが、世が魔物娘の侵略以前の世であれば、私はこんな風に文章で生きていく事など出来なかっただろう。
魔物娘。異世界から現れた、その頂点にサキュバスの魔王を頂く美しい女性の形をした人外の生き物達。
まだ世間的に広く周知はされていない物の、彼女達はひそかにこの現代社会に侵入し、少しずつ社会を侵略し始めている。
しかし世界的な人類の危機かと言えば、そうでは無いと私は思っている。
なぜならば、魔物というおどろおどろしい呼称とは裏腹に、彼女達は戦いや血よりも男性との情事や精液をこよなく愛しているからだ。簡単に言うと助平なのだ。
私がこうして文章で何とか食っていけているのも、そんな助平な彼女達が侵略を始めてくれたおかげだ。
ネット上で人外娘との異種間恋愛というニッチなジャンルを書いていた自分がそれを書籍に出来たのも、彼女達の文化侵略の一部として運よく目をかけてもらえたからに他ならない。
だが本を出せているとは言っても、この出版業界は不況の冬の時代にあり、また魔物娘達もまだ侵略を始めたばかりで人外娘というジャンル自体がまだどマイナーという状態でもあるため、収入と言えるものはスズメの涙程度だった。
何が言いたいかと言えば、つまりはこの冬の時期に炬燵が壊れてしまったとしても、そう高い物を買う程の経済的余裕が無いという事だ。
四畳半の安アパートには他の暖房器具など備え付けられていない。つまり年末年始を迎えるこれからの時期において、唯一の暖房器具であった炬燵の故障は私の生命維持にも直結しかねない、文字通りの死活問題でもあったのだ。キリストの誕生など祝っている場合では無いのだった。
この問題に対して、私はすぐに行動を起こした。ネットを使って激安の炬燵は無いかと検索したのだ。
その結果、幸運にも新品にもかかわらず千円で売られているかなりの優良物件を見つけることが出来た。おまけに即日送付という有難いサービス付きだった。
あまりにも話が良すぎると思わなくは無かったが、迷ったのは一瞬だけだった。残り在庫が一つしか残っておらず、これを逃したら高い炬燵しか買えなくなってしまう恐れがあったのだ。
仮に不良品のような炬燵が届いたとしても失うのは千円だけなのだから、使えないようならば改めて別のものを探せばいい。
そう甘く考えたのだったが……。
届いた物は、私が考えていた物とは全く別の物だった。
呼び鈴が鳴り響き、私は文章の世界から現実の世界へと引き戻された。
通販の注文を終えて、文章を書き始めて一時間余り、ようやくのって来たと思ったところだった。
どうせいつもの新聞か宗教の勧誘か、わけのわからないセールスなのだろう。そう思った私は呼び鈴を無視することにした。
……だが、今回の客人は根気があるらしい。私が無視を決め込んでも、玄関の外のなにがしは諦めずに何度も呼び鈴を鳴らしてきた。
呼び鈴というのは、家人に客人の来訪を伝える物だ。その為に家人の気を引く音が出るように出来ている。つまり、非常に耳障りな音なのだ。
そんな音が何度も繰り返されるうち、何を書いていたのか良く分からなくなってきてしまった。もうすぐ主人公の男がサキュバスに押し倒されるはずだったのだが、なかなか文章が出て来ず、出て来ても気に入らない文章になってしまう。
ついにベッドシーンまでの流れ自体が気に入らなくなってきて、私はとうとうノートパソコンのキーボードから指を離した。集中力が切れたのは明らかだった。
気を紛らわすためにも、客人の相手をしてやる事にした。ここまでしつこい相手がどんな顔をしているのか、興味もあった。
「はいはい。今出ますよー」
はてさてどんなふてぶてしいセールスマンか、それとも熱心な宗教者だろうかと思って玄関の扉を開けると、意外にもそこに居たのはまだうら若い女性だった。
「あ、あの。注文を受けたので、お届けに参りました」
てっきり営業スマイルが顔面に刻み込まれたかのような中年を予想していた私は、そのあまりの格差に言葉を失ってしまう。
驚いたのは彼女が若いという事だけでは無かった。
彼女は、控えめに言ってもとても可愛らしい女性だった。大きな青灰色の優しそうな瞳。傷一つない肌理細やかな肌。少し低めの形のいい鼻。ふっくらとした柔らかそうな唇。幼さの残る人懐っこい表情。
だが、驚くべきことはそれだけでは無かった。むしろそれ以外の身体的特徴の方が衝撃的だった。
彼女の手足は人間の物では無かった。雪を思わせる白銀のふさふさの獣毛に覆われた、白熊を思わせる獣の四肢をしていたのだ。
髪の色も手足と同じ白で、肌はそれと対照的に健康的な小麦色だった。
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