第六章:ケプリの王(帰還編)

 日が昇るか昇らないかといった頃合いに、僕はいつものように目を覚ました。
 頭上に粗末な梁は無く、代わりに豪奢な桃色の灯りをともすシャンデリアが下がっていた。眠っていたのも乾草ではなく柔らかな絨毯の上だった。
 一瞬何が起こったのかと混乱しかけたものの、僕はすぐに昨晩の事を思い出してほっと胸をなで下ろす。
 ここはおんぼろの納屋なんかの中では無く、ケプリ達が住処にしている遺跡の中だ。ケプリ達が手入れを欠かさなかったその遺跡の大広間で、僕はケプリ達の王になるべく、彼女達全員を相手に大乱交をしていたんだった。
 さっきまで、本当についさっきまで肌を重ねていたはずだったが、いつの間にか少し眠ってしまっていたらしい。
 しかし環境が変わっても身体に染みついた習慣というものはそう簡単には変わらないようだ。いつもとは全く別の、楽園のような場所に居るにも関わらず、身体に刻み付けられた体内時計は昨日までと同じように朝が来たことをしっかりと告げていた。
 身体を起こすと、湿った淫らな匂いが鼻腔に広がった。黒々とした絨毯のそこらじゅうに水たまりが出来ていて、桃色の照明を妖しく照り返していた。
 周りには無数のケプリが横たわっていて、規則正しい穏やかな吐息を繰り返していた。今までずっと愛を交わしていた彼女達も、皆疲れて眠ってしまったようだ。
 自分以外に動く者は誰も居なかった。少し寂しさもあったものの、これ以上都合のいい事も無い。
 僕は立ち上がり、足音を殺して淫らな饗宴の余韻の残る大広間を後にした。


 廊下に出ると、僕は自分の感覚に違和感がある事に気が付いた。
 遺跡の構造など知らないはずなのに、不思議と目的地に向かう経路が手に取るように分かるのだ。篝火や蝋燭という光源の全く無い廊下でも、なぜか壁や石畳までもがはっきりと見えた。
 少し不気味ではあったが、一人でも迷わず遺跡の中を歩き回ることが出来るのはありがたかった。
 薄暗い廊下に僕の足音は良く響いた。
 こんなに静かな場所は、多分生まれて初めてだ。地上の世界では、草木も眠る深夜ですら風と砂が戯れる音が止まないのだ。
 風の音は不安を誘う物でもあったが、無ければ無いで寂しいものだった。
 そんな事を考えながら何となく廊下を歩いているうちに、いつの間にか目的地である王の間にまでたどり着いていた。
 国が買える程の財宝がごろごろと転がっている黄金の部屋を見渡して、僕は嘆息する。
 とんでもない眺めだ。一つ一つの像や家具に一体どれだけの価値があるのか、どんな意味を持っているのか、砂漠に生まれて奴隷をしていたような僕にはまったくわからなかった。
 だが、明かりも無い無人の部屋に宝物だけが転がっているというのは、何だか妙に寂しい光景だった。
 僕は果樹を模した黄金の王座に置きっぱなしになっていた襤褸を拾い上げる。
 果たして僕は、この玉座に相応しい存在になれたのだろうか。
 それとも、やはり僕は襤褸を着ているくらいがちょうどいいのだろうか。
 頭を振って、僕は襤褸をまとう。
 つぎはぎだらけで綻びの目立つ、普段から着なれているはずの襤褸は、身体にごわごわとして黴臭かった。今までよくこんなにきつい匂いに耐えていたものだと驚いてしまう程だった。
 僕は一人苦笑いを浮かべる。
 どうやら僕はケプリ達の、魔物の女の子特有の甘い匂いになれてしまったらしい。昨日までの自分の事を考えると、本当に贅沢な事だ。
 おまけに一晩中眠りもせずに二十匹以上のケプリと交わって。本当、罰が当たってあれがもげてしまってもしょうがないかもしれない。
 もし王になれていなかったとしても、これだけ幸せな体験が出来たのだから、もう死んでしまっても心残りは……。無い、と言い切れはしないけれど、それでも諦めはつくというものだ。
 地上を目指すべく王の間を出ると、僕が出てくるのを待っていたかのように一匹のケプリがこちらに目を向けていた。
「……一人で、どこに行く気なの。アミル」
 硬い表情でそう尋ねて来たのは胸当てと腰巻を身に付けたアズハルだった。夜にはぽっこりと膨れていた下腹部も少し休んだ間に落ち着いたらしく、その姿はいつもの見慣れた彼女そのものだった。
 ただ一つ違うのは、僕を見ても笑顔を見せてくれない事。
 僕の身を案じるからこそその顔を曇らせているのだと分かっていても、彼女の笑った顔が見られないのは少し寂しかった。
「地上に行くんだよ。僕が王になれていたら、王国が蘇っているんだろう?」
「だったらみんなで行けばいいじゃない。どうして声をかけてくれなかったの?」
「……もし失敗していたら、僕は出頭するつもりだから。これだけやって駄目ならもうしょうがないんだ。僕が身を捧げれば、少しは時間が稼げるだろ? その間に」
「ダメだよ」
 アズハル
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