後編:魔物娘の覚醒

 全てが終わった後、アポピスのインヘルは王の間の隣の部屋でとぐろを巻いて呆けていた。
 ファラオの配下達とインヘルの戦いは残酷な結末を迎えたのだった。……インヘルにとっては、だったが。
 薄い石壁越しに、王の間で繰り広げられているであろう乱痴気騒ぎの嬌声が聞こえてくる。戦いからずいぶんと時間が経った今も、壁越しの喘ぎ声が止まる気配は無かった。インヘルは結局誰も殺せなかった。殺せたのは彼等の理性だけだったのだ。
 自慢の爪で切り裂けば皆身をよじらせ嬌声を上げた。洋服や甲冑は紙のように切れるのに、肌には傷一つ付けられなかった。
 ならばと男どもに牙を突き立て、女を剣で突けと命じたが、その結果彼等が女共に突き刺したのは己の股間の肉剣だった。
 面倒になって全てを吹き飛ばしてやろうと炎の魔法も使ったが、燃え上ったのは彼等の洋服と性欲だけだった。
 とどめは酸の魔法だった。そのころにはもう溶けるのは衣服と装備だけだという事はインヘルにも大体予想は付いていたが、しかし意固地になっていた彼女は止まれなかったのだ。
 魔法が発動した瞬間、彼女の手から津波のように噴き出したのは、装備だけを溶かす性質を持った媚薬交じりのローションだった。
 もはやインヘルに立ちふさがる者は誰も居なかった。戦士達は魔物も人間も皆全裸になり、ローションまみれで誰かしらと身体を絡めて床に横になっていたからだ。
 インヘルは勝った。しかしそれはかつてない程に虚しい勝利でもあった。そして、頂点に立つものがいつも孤独なように、彼女もまた孤独だった。
 インヘルの胸の中を埋めていたもの。それは寂寥感と、そして人目も憚らず肌を重ねる戦士達に対する強烈な羨ましさだった。
 彼女はそんな自分に戸惑い、そして男が欲しくてどうしようも無くなってしまいそうな自分自身を恐れて、彼等から逃げるように隣の部屋に移動したのだった。


 壁越しに絶えず聞こえてくる絶頂を迎える声に、インヘルは独りでため息を吐いた。
 数千年の間に何が起こったのか。一通り暴れて落ち着いた今、彼女はもう全て理解していた。
 部屋を移った彼女は何よりもまず先に世界の調査を行った。自分を襲ってきた魔物と人間の混成軍、そしてこの自分は、かつて自分が知っていたものとは明らかに違うものだった。一体世界に何が起きているのか、その疑問を晴らしたかった。
 本来ならば目覚めてすぐするべきだったのだが、目覚めるなり襲撃を受けたのでそんな暇も無かった。
 もともとインヘルは力の強い魔物だった。少し集中して世界に意識を広げれば、世界で何が起こっているかくらいはすぐに読み取れた。
 そうして彼女が知ったのは、魔王がサキュバスに変わったという驚くべき事実だった。しかも現代の魔王はかなりの力をつけていて、魔物はおろか力の弱い神にすらその影響力を及ぼしていた。
 サキュバスの魔力の影響を受けた者達は皆美しい女性に姿を変えていた。かつてのように醜悪で恐ろしげな姿をした魔物や、雄の魔物は存在していなかった。つまり魔物は全て女の子に、魔物娘に変わったのだ。
 魔王がただサキュバスに変わっただけならここまでの変化は無かったのだろう。なぜ全ての魔物が女性の姿を取り、魔王がここまで力を付けたのか。それは魔王が人間を愛してしまったからだ。
 魔王は全ての魔物に人間と愛し合う素晴らしさを知って欲しくて女性の姿を取らせているのだろう。そして人間と愛し合う魔物が増えれば、その愛の力は魔物と繋がっている魔王の元へとたどり着く。
 魔王はさらに力をつけ、魔物を魅力的に変化させ、そして人間と愛し合う魔物が増え、あとはそれの繰り返しだ。
 そしてインヘルも魔物である以上は、魔王の影響下にある。だから彼女は誰も殺せず、殺すような命令を下してしまった時にも気分が悪くなったのだった。
 攻撃も魔法も淫らな物に変化してしまっていたのも、身体の中を流れている魔力の大半がサキュバスの魔力へと変化してしまったからだったのだ。
 だが、今ではインヘルもそれも悪くないと思っていた。
 かつての自分はただ本能のままに一人砂漠を這い回っているだけだった。やる事と言えば人間達との命の取り合いくらいで、楽しい事や嬉しい事、生きている喜びとは全くの無縁だった。ましてや誰かと愛し合うなど、考えたことも無かった。
 そんなかつての自分に比べて、無邪気に尻尾を振って交わる駄犬や兄に巻き付き締め上げる下僕の蛇は羨ましくなるくらいに幸せそうだった。そう考えれば、今の魔物娘というのも悪くない気がしたのだ。男とつがいになって愛し合うのもきっと気分がいいものなのだろう。
 驚いたのはファラオまでもが魔物娘になってしまっている事だ。あのいけ好かないかつての小僧が、今では美少女と言ってもいい姿に変わっていたのには、インヘ
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