おめでたゴブリン

 数年間の行商人生活を終え、ようやく自分の店を持てたのが先月の事だった。
 魔物と人間が共に暮らすそれなりに大きな国の、路地裏にある小さな店。本当は母国で店を出したいところだったが、母国は教団の統治下にあり、そう言う国は大体教団への上納金が高すぎて手が出せなかったのだ。
 そんな理由で故郷に錦を飾れないのは残念だったが、しかし結果的に親魔物国で開店したのは悪い選択では無かった。
 店を出したとはいえこの立地条件の悪さでは大した儲けは望めないと覚悟していたのだが、店を出してみて一ヶ月、売り上げはそれほど悪く無かったのだ。
 最初は不思議に思っていたが、しかし考えてみればそれも当然の事だった。
 魔物娘の世界では何事よりも恋愛事情が優先される。当然店は開いたり開かなかったり。商品は届いたり届かなかったり。全ての店がそうだとは言わないが、そういう事も少なくは無い。そこできっちりとした時間に店を開け、恋愛を豊かにするような道具や食材を取りそろえておき、注文通りに商品を届ける配送サービスまで完備していればそれなりの儲けが出るのも当たり前だった。
 まぁ、定時に店を開けるのが当たり前で、魔界の品物を扱うなど言語道断の母国では成り立たない商売ではあったが。
 それに、この国は住み心地も悪くなかった。むしろ、少し悔しいが母国よりも大分住みやすいくらいだった。教団の妙な締め付けもなく、恐ろしいかと思っていた魔物達も、だらしない面もある物の、皆大らかで気のいい奴らばかりだった。おまけにサキュバスの魔王の影響下にあるおかげで魔物はみんな美人で可愛い女の子ばかりときている。
 全てが順調に進んでいると思っていた。
 このまま商売を成功させて、いずれは可愛い人間の嫁さんを捕まえて、母国で新しい商売を始める。それも夢ではないと思っていた。
 それなのにこんな事態を招いてしまったのは、ひとえに俺の油断が原因だったのかもしれない。
 正直、売り上げが良かったおかげで俺は色々と安心していた。気持ちが緩んでいた。しかし何事も隙を見せた瞬間に足元を掬われるのだという事を俺はまだ知らなかったのだ。
 ある日何の前触れもなく、俺は"人の道"を踏み外す事となった……。

 ***

『赤ちゃん、出来たみたい』
 営業時間終了後。在庫の数を確認をしている最中に、雇っている配達係の子から話があると呼び止められた。
 長くなるだろうからと言われたので、住居を兼ねている二階の事務所に移動し、開口一番言われたのがこの科白だった。
 彼女は頬を染めて、もじもじと太ももを擦り合わせるように身体を揺する。
 その度に膨らんだお腹が揺れた。いつもは胸当てしかしていないのに、今日に限ってゆったりしたワンピースを着ているのは、なるほど妊娠の為だろうか。
 年の頃は十五か六と言ったところだろうか、花も恥じらう可憐な乙女の口から「赤ちゃんが出来た」などと言われたら、誰もがどきっとしてしまうだろう。
 現に俺も「どきり」とした。あまり気持ちの良くない感情が入り混じった「どきり」だったが。
「……誰の子だ。ニコ」
 目を逸らしていた彼女はそれを聞くなり信じられないと言った目を俺に向けてくる。
 目を見開き、口元に両手を当て、目元に涙さえ滲ませる。
「私、店長以外に関係なんて持ってません。元はと言えば、店長が嫌がる私を強引に押し倒したのに。そんな言い草……」
 彼女はついに顔を覆って、肩を震わせ始めてしまう。
 静かな事務所内に、彼女のすすり泣きはよく響いた。
「俺が無理矢理お前を抱いたせいで、お前は俺の子を孕んでしまった、と?」
 彼女は何も言わずに泣きながら頷いた。
 色々と言いたいことがあったが、出たのはため息だけだった。
 何と声をかけてやろうかとしばし考えた後、俺は急に子どもの頃近所のいじめっ子にされた意地悪を思い出した。この空気を一変させるためにはこれが一番かもしれない。
「ニコ。お前その場で跳ねてみろ」
「出来ません。私のお腹には赤ちゃんが居るんですよ」
「……ジャンプしたらベロチューしてやる」
 彼女はすぐさま顔を上げてその場で大きく跳ねた。
 ワンピースを押し上げていた何かが跳躍と共に彼女の首元にまでせり上がり、そして着地と共に重力に従ってスカートをはみ出して地面へと落下する。
 床に叩きつけられたそれは軽快な音を立ててバウンドし、スカートの中に戻った。
 彼女は表情を凍りつかせ、俺は静かな怒りを燃え上がらせる。
「服から手を離せ」
 彼女の股間あたりで留まっていたそれは、何度か床の上に跳ねた後、静かに床の上に転がった。どこからどう見ても子どもが遊ぶゴムマリだった。
「う、うまれたー!」
「ほう? 俺の子はゴムマリだと?」
 じと目で少し睨みつけてやる。彼女は顔中に汗をかき、視線を泳
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