扉が開く音に、私ははっと我に返る。
シャルルが帰って来たんだ。というか、もうそんな時間になっていたんだ。糸を弄っているのに夢中になり過ぎて時間が経つのを忘れていた。
「ただいまー。メアリー、ちょっと話が」
慌てて机の引き出しにそれを隠す。駄目だ。明らかに見つかってしまった。
「お、おかえり」
「あれ、今何か隠したね?」
シャルルが面白がって手を伸ばしてくる。でもまだ見せられない。まだ未完成だし、戸惑われたり、変に期待されるのも困るし。
背中を向けると、シャルルは笑いながら覆い被さるように手を伸ばしてきた。
「やだ、ちょっと駄目だってばぁ」
こんな楽しそうなシャルルの顔を見るのは、いつぶりだろう。ふざけてじゃれ合うのも懐かしいくらいに久しぶりだ。
「いいじゃないか。そんなに隠されたら気に、なる、よ?」
交わるのもいいけど、やっぱりこんな風に素直な気持ちでシャルルに触れていたいなぁ。
そう思っていたのだけど、しかし彼の手は途中でぎこちなく動きを止めた。
「メアリー、ちょっとごめん」
シャルルが怪訝な顔をしながら、私の首元に鼻を寄せる。
首回りや肩のあたりに鼻を近づけ、念入りに匂いを確認してくる。様子がおかしい。私の匂いを楽しんでいるというわけではなさそうだった。
「ねぇメアリー。どうしてメアリーの身体からキリスさんの匂いがするの?」
「え?」
シャルルが無理矢理私を振り向かせ、ものすごい力で私の肩を掴んできた。目も、睨んでいるようでちょっと怖い。
「それに、お酒の匂いもする。まさか二人っきりで飲んだの」
あ。言われてみれば、そう言う事になるのか。
「ち、違うよ。一人で飲もうとしたのに、あいつが来て、それで仕方なく。でもやましい事は何も」
「本当? でも触られたよね。じゃなきゃこんなに匂うはずない」
肩を掴む手にさらに力が込められる。目つきもさらに険しくなってきた。
何だろう、私、そんなにおかしい事したかな。確かにシャルルの居ない所でキリスに会ったけど、それだけでこんなに怒るなんて……。
「触られたけど、すぐに肘鉄で追っ払ったから」
「本当に? もしメアリーに何かされたとしたら、相手が誰だったとしても僕は……」
「シャルル、痛いよ」
シャルルは驚いたように息を飲んで、慌てて手のひらの力を緩めた。その表情からも憑き物が落ちたみたいに険が抜けて、今度は急に心細そうな顔になる。
「……僕だって、まだメアリーとお酒を飲んだこと無いのに」
「ご、ごめん。そう言う意味なら、シャルルと出会う前に何回かそういう事も……。そ、そんな泣きそうな顔しないでよ。何にもしてない。何にもしてないから」
シャルルは何か言いたそうな顔をしたあと、がっくりと肩を落として泣きそうな顔になってしまった。
何て声をかけていいのか分からなくて、何も言わず優しく彼の頬に触れる。あったかくて柔らかいシャルルのほっぺた。
私と目が合うと、シャルルは気持ちを抑えられなくなったんだろう、思い切り抱きついてきた。
その瞬間、私もまたシャルルの身体に付いた匂いに気が付いた。
「ねぇメアリー、本当に僕の事を好きでいてくれてるんだよね? 愛してくれているんだよね?」
「そんなの当り前じゃない。好きでもない人とえっちな事なんてしないし、一緒になんて居ないよ」
私は何とも言えない気持ちだった。ここ何日も、私の方こそシャルルに同じことを聞きたかったのだから。
それに、今シャルルの身体に染みついている匂いも凄く気になっている。
でも、私のそんな気持ちはシャルルの顔を見てどこかに吹っ飛んでしまった。シャルルは今にも泣き出しそうなくらいに涙を溜めて、すがるような表情で私を見ていたから。
「確かにそうだけど、最近は激しいだけになって来てるじゃないか。
……前はもっとお互いの事を大切にしていたと思う。確かに縛られて無理矢理って事も多かったさ、でも、あの時のメアリーの方が楽しそうだったし、ちゃんと僕を見てくれていた。僕も楽しかった。
今のメアリーは何かに追い立てられているみたいで、僕との時間を楽しんでくれていない気がするんだよ。
最初の頃よりもやたら激しく抱き合ってはいるけど、心ここにあらずって感じだし、僕が仕事休んで一緒に居るって言ってもメアリーは仕事に行けって言うし。僕にはもう興味なんて無いのかもって。
確認したかったけど、ずっと怖くて聞けなかった。
でも、今メアリーの身体から僕以外の男の匂いがして、もう耐えられなくて……」
胸がずきりと痛んだ。私は自分が我慢していればシャルルの目標が達せられて喜んでくれるとばかり思っていた。だから彼が看病で休んでくれると言ってくれてるのも、きっと気を使っているだけなんだと思い込んでいた。
夜だって、シャルルを取
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