第四話:人間の妻(迷走編)

 ジャイアントアント達が現場で仕事をしている間に、シャルルと私でお昼ご飯の準備をした。料理の勉強をしたいという事でアンも一緒だった。
 手際よく調理をするシャルルの両脇で、私とアンが手伝いをする。
 アンは真剣な顔つきで包丁を使って魔界いもの皮むきに挑戦していた。
 シャルルにアドバイスをしてもらう度にはにかんだり、指示される度に戸惑いつつも一生懸命材料を取ったり道具を渡したり、なんだか新婚の幼な妻みたいだ。
 対する私はもうある程度慣れてしまっているので、シャルルにはろくに相手もしてもらえない。
 アンはこういう事にはまだ慣れてない。だからシャルルがつきっきりで面倒を見たり、世話を焼いてやるのも当たり前の事なのだけれど、どうしても私は寄り添いあうような二人の姿が気になって仕方なかった。
 二人がお似合いの夫婦に見えてきて、自分の発想に私はさらに追い詰められていく。
「メアリー、大丈夫?」
「え?」
 シャルルとアンが顔を曇らせてこっちを見ていた。私、何か失敗しちゃったのかな。考えながらも手はちゃんと動かしていたつもりなんだけど。
「ごめん、えっと、私何か忘れてたっけ?」
「料理の方は、あとは煮込むだけだから大丈夫。それより顔色悪いよ」
「そうかな。私は全然平気なんだけど」
「あとは私が見てるから、シャルルさんとメアリーちゃんは休んでて」
 シャルルは優しく私の手を取り、肩を抱く。特に体調が悪いつもりも無いのだけど、断るのも変だと思い私はシャルルに身を預けることにした。
 ベッドに隣に並びあって座ると、シャルルは私にしか聞こえないくらいの声で聴いてきた。
「どうかした?」
「何でもないの。本当に何でもないから。ほら、昨日いっぱいしたから元気いっぱいだよ」
 私は笑顔で答える。シャルルは今日の為に頑張って来たんだから、変な事を言って心配させたくない。
 でも、シャルルは何のために頑張って来たんだろう。ジャイアントアント達の仕事を手伝うため? シャルルのお嫁さんは私ただ一人のはずなのに。
 もしかしてシャルルはもう私に愛想を尽かしていて、ジャイアントアントの中から別の嫁を貰おうとしているんじゃ……。
 駄目だ。動いていないと余計な事ばかり考えちゃう。
「でも、いつもと違う。ねぇ、何かあるなら僕に」
「大丈夫だって、気にし過ぎだよ。あ、そうだ。巣から持ってきたパンを先に並べておこうか。みんな来てすぐ食べられるように」
 私は肩に掛けられていた彼の手をやんわりと押し戻して、立ち上がる。名残惜しい手のひらの暖かさ。本当は抱きしめてもらいたいはずなのに、私は何をしているんだろう。
 私はお人好しのジャイアントアントでは無く、仕事なんて大嫌いで、寝たい時に寝て、やりたくなったら男を襲ってでもやるアントアラクネだというのに、何でこんなところに居るんだろう。


 お昼。休憩室の中は黄色い声でいっぱいになっていた。
 シチューを口に運んでは、口々に料理を褒めるジャイアントアント達。既婚のジャイアントアントにとっては旦那の作ったお弁当が一番だろうけど、それでもシチューを食べた時には皆感心したように声を漏らしていた。
 鍋の前でシャルルが「おかわりもありますのでー」と大声で呼びかけると、ジャイアントアント達が即座に何人も席を立って鍋の前に並んだ。
 みんな美味しいものが食べられて嬉しそうな、幸せそうな笑顔を浮かべていて、シャルルもまんざらでも無さそうな顔をしていた。
 ……何よ、あんな子達にデレデレしちゃって。
 手持無沙汰の私はパンにシチューをつけて口いっぱいに頬張る。確かに美味しい。凄く美味しい。食べたら思わず笑顔になっちゃうって言うのも分かる。でも。
 見渡せばみんながシャルルの料理を食べている。
 なんだかシャルル自身を食べられているみたいで、胸の中に鉛でも詰め込まれたみたいな気分だった。
 料理を食べていてもインキュバスになったシャルルの匂いはすぐに分かる程強かった。少し離れた私にも分かるんだ。鍋の前に並んでいる皆が感じていないわけが無い。
 嫌だ。シャルルは私だけの雄なのに……。
「評判は上々のようだな」
 はっと我に返る。いつの間にか後ろに現場主任が立っていて、部屋の様子を見渡していた。
「準備の方はどうだった。無理は無かったか」
「はい。手が余ってしまうくらいでしたよ。アンも手伝ってくれましたし」
「わ、私はむしろ足を引っ張ってないか心配で」
 隣に座っていたアンが急に背筋を伸ばして頬を赤らめる。
「そうか。ならしばらく炊き出しを続けてもらう事にしよう。……どうしたメアリー」
 主任は不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。変な顔でもしていただろうか。考えている事が外に出ないように気を付けていたつもりだったのだけれど。
「まだ半分以
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