「もっと低い位置から、そう、優しく入れるんだ」
「こ、こうですか」
「そうそう、大分上手になってきた。上手く入ったら、丁寧に動かすんだよ」
「優しく、丁寧に……。あ、破けてしまいました」
「まだちょっと力が強すぎるね。あと、入れる前に滑りがいいか確認しておいた方がいいよ。じゃないと失敗しやすいから。もう一度やってみよう」
厨房の方を見ていると、ため息が自然と漏れてしまう。あっちは完全に男二人の世界になっていて、私は蚊帳の外だった。
目の前の皿の上に置かれた、黄色と白と黒が斑に入り混じった焦げ臭い何か。
熱したフライパンの上に油を引いて、卵を割って落とすだけ。目玉焼きは単純で簡単な料理のはずだ。それに黄身と白身が両方とも丸くなって目玉みたいに見えるから目玉焼きと言うのであって、つまりこれは目玉焼きじゃなくて、何だろうか。
「油はその程度でいいだろう。って、またそんな高い位置からフライパンに入れたら」
「す、すみません」
「あー、また黄身が崩れてしまった」
私とシャルルが食堂の厨房にやって来たのは朝も早くの事だった。
既に集まり始めていた旦那衆に、自分も朝ごはんの準備を手伝いたいと申し出たところまでは良かったのだが、シャルルの料理の腕は予想以上に酷かった。
野菜を切れば皮一枚で全部繋がっている。炒め物をさせれば焦がす。どこの担当に行っても上手くいかず、最終的に落ち着いたのがスープを掻き回し続けるという役だった。
それでもやる気だけは認めてもらえて、見かねた旦那の一人が朝食後に特訓をしてくれているのだが……。
皿の上に積み重なった涙を流す目玉焼きの山がその結果だった。
私はとりあえず食べる役目を仰せつかった。確かに少し焦げてて形も悪いけど、シャルルが作ってくれた卵焼きは美味しかった。うん、決して不味くは無い。でも、そろそろ食べるのが辛くなってきてしまっていた。
いくら美味しくても同じものが続けば飽きてきてしまう。塩胡椒とかソースとかケチャップとか、ジパング産の醤油って言う調味料も試してみてはいるけどそれにも限界がある。お腹もいっぱいになってきちゃったし。
「そう、食べてくれる人の事を考えて、丁寧に」
「丁寧に……出来た!」
「良し、これなら上出来だ」
「やった。メアリー」
はしゃぎながら駆け寄ってくるシャルルの手の中にはお皿に乗った綺麗な目玉焼きが収まっていた。白い綿雲の間から覗いた太陽のように、真ん丸の黄身が輝いてさえ見える。
「出来たよ。僕にも上手くできた」
「頑張ったね、シャルル」
私は素直に凄いと思った。だって、私だったら絶対こんなに頑張り続けられない。途中で飽きて根を上げてるのが関の山だ。
「うん。文句のつけようも無い目玉焼きだ。と言っても、これは基礎中の基礎だからなぁ」
料理を教えてくれていた旦那さんが、苦笑いをしながら私達の方を見ていた。
「これからも面倒見てあげたいところなんだけど、俺も他にもやらなきゃならない事もあってね。どうしたもんかなぁ」
「そう言えば、もうお昼だね」
「あ……。すみません、僕」
「いいって。俺も外に居た頃はただの警備兵だったし、料理も何もした事無くて君より下手くそだったんだから」
確かに筋骨隆々で腕や顔にまで傷のある大男のエプロン姿と言うのは、改めて見てみると異様な物がある。中身はこんな風に気さくでいい人なんだけどね。
「俺の場合は自室でひたすら嫁の為に料理してるうちに上達したって感じかな。食料庫の中身は基本的に好きに使っていいって事になってるからね。
あぁ、何か初めてまともな料理を食べさせてあげられた時の嫁の顔を思い出しちゃったよ」
自室かぁ。夫婦部屋は基本的にそこだけで生活が成り立つようにはなっているから、私達の部屋でも料理は出来るはずだ。部屋が出来た時に台所もあるのは見たし。でも多分、使っていないから埃や蜘蛛の巣だらけだろうけど。
「なるほど。じゃあ僕も頑張ってみます! あの、でも行き詰ったら質問しに行ってもいいですか?」
「もちろんだよ。メアリーさんもいい旦那さんを見つけたね」
「へへ。そうでしょ?」
彼はにやりと笑って、私にだけ聞こえる声で言った。
「もう二日酔いで寝てることも無くなったみたいだしね」
「ちょ、ちょっとぉ」
「え、何? 何ですか?」
だめ。シャルルには聞かれたくない。いや、別に秘密にするほどの事じゃないかもしれないけど恥ずかしいよぉ。
「前はメアリーさんも旦那探しに必死だったって事さ。幸せにしてやんなよシャルル君」
「もちろんですよ」
ぐっと拳を握りしめるシャルル。そう思うんなら料理なんていいからずっとベッドの上で抱きしめてて欲しいんだけどなぁ。
その日からシャルルの特訓が始まった。
焼き物、炒め物、煮物、スープ。
シャ
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