黒田さんが学校を休み始めてから、もう三日が経った。
「誰か、黒田の家に見舞いがてらプリントを渡しに行ってくれんか」
「あ、私住所分かるんで行きます」
「おおそうか。じゃあ頼んだぞ、委員長」
「えぇー、見舞いなんて別にいらないじゃん。それより俺達と一緒にカラオケ行こうぜ」
「いっその事俺達も一緒に行っちゃう?」
「病気の女の子のお見舞いに行くのに男子なんて邪魔なだけよ? さ、ホームルームが終わらないから男子は黙って黙って」
「えぇー。では、週末だからと言って羽目を外さないように。ホームルームはこれで終了。気を付けて帰れよ」
金曜の放課後という物はどこか浮ついている。
翌日からの二連休の予定を楽しみに浮き足立っていたり、ただ単純に授業の無い休みの日が嬉しかったり、一週間が終わった安心感でほっとしたり。
教室を見渡しているだけでもそれが良く分かる。
ホームルーム中に委員長にちょっかいを出していた元気系の男子グループは遅くまでカラオケにたむろしようなんて言う話をしているし、クラス公認と言っていいくらいおおっぴらに付き合っているカップルは明日のデートの計画をしている。他にも少し遠出をして買い物に行く話をしている女子グループやライブに行こうと話している男女混成組。中には他校との練習試合をするらしい運動部も居るが、週末の空気はやはり平日とは違う。
「委員長も大変だよねー」
「黒田さんなんて居るだけで暗くなってくるから別に来なくたって問題ないのにねー」
一番後ろの真ん中の席からは、クラス中の様子が良く見える。傍観者のように教室内を見下ろせるその席は、同時にクラスの中での存在感を薄れさせる。
僕はこの席が好きだった。
クラスと言う組み分け、教室と言う箱詰めの中から、少しだけでも離れる事が出来るような気がしたから。そしてそれ以上に、黒田さんの背中を見ていられたからだ。
「暗くなんて無いと思うけどなぁ。早く元気になって学校きてほしいじゃない。クラスの真ん中の席が空席っていうのも寂しいしさ」
教室の右前方では女子のグループが委員長に何やら話しかけていた。
よく言えばおしゃべり好き、悪く言えば姦しいグループで、はっきり言って僕は苦手だ。委員長も良く相手にしていると思う。
鞄の中から一冊の本を取り出していると、彼女達の声が一瞬止んだ。一瞬視線を感じたが、顔を上げた時にはもうそれも消えていた。
「まぁ暗い人は一人じゃないけどね」
「あいつも休んじゃっていいんじゃない?」
「みんな健康なのが一番でしょ。さ、私はそろそろ帰るから、みんなも帰んなよ?」
「さっすがいいんちょー。まっじめー」
「じゃあ駅前のマックでも行こうか」
「えー。スタバがいいよぉ」
「あたし今月ピンチなんだよねぇ」
煩い声たちが出て行くと、教室内は少し静かになった。
委員長はため息を一つついて席を立ち、黒田さんの机に近づいていく。机の中のプリント類を回収するのだろう。チャンスは今しかない。僕は鞄を持って立ち上がった。
「あら、イズキ君。どうしたの?」
艶やかな長い黒髪を耳元に払いのけながら、委員長は僕を見上げた。
「まさか一緒にお見舞いに行きたいの?」
委員長は冗談っぽくくすりと笑う。素直に可愛い人だと思う。もう相手が居るにも関わらず、それでも駄目元で告白する男子が絶えない理由も理解できた。
「そうしたいところだけど、流石に弱った女の子の家にお邪魔しようとするほど僕も厚かましくは無いよ」
「あら、残念」
「僕も残念だよ。だから僕が行けない代わりに、黒田さんにこの本を渡してくれないか?」
あらかじめ鞄から出しておいた文庫本を手渡す。表紙にお城の絵が描かれた、有名なタイトルの本だ。委員長は手に取ってしげしげと眺めたのち、首を傾げる。
「渡せばいいの?」
「ああ。頼む」
委員長はふーんと目を細めて笑った。
「分かった、任せといて。他に何か言っとくこととかある?」
「特に……。いや、部活の後輩が寂しがっていたって伝えてくれ」
「分かった。イズキ君が早く顔見たいって言ってたって伝えとくね」
「お、おい委員長」
委員長は悪戯っぽく笑って、自分の鞄にプリントの束と文庫本を突っ込むと僕の制止も聞かずに駆け足で教室を出て行ってしまった。
僕は呆然としながらその背中を見送った後、息を吐いて頭を掻いた。
原因は三日前の、火曜日の体育の授業だろう。
食事の後の、気怠い午後の時間。食休みに惰眠を要求する肉体に鞭打って、僕達男子は校庭のランニングを行っていた。体力測定兼、学校行事の強歩大会へ向けての体力づくりと言う奴だった。
運動部の連中がだべりながら余裕を持って走る中、僕は息を切らして最後尾に何とか付いて行っていた。文科系の連中は軒並み遅れていたのだが、その中で
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