「我が夫よ、聞いて欲しいことがある」
正式に結婚してしばらく経ったある日。テーブルに夕食を広げながら、ヒルダはいつになく真面目な口調で俺に話しかけてきた。
夜に向けて精を付けておきたかったが、俺はとりあえず箸を取らずに身体ごと彼女に向き直って視線を合わせる。
「その、な。あの、えっと、赤ちゃんが出来たみたい。あ、いや、その、妾の胎に、ようやくそなたの子が宿ったようなのだ」
「どうして言い直すんだよ」
俺は言いながらヒルダの身体を抱きしめ、押し倒しながら首筋にキスしていた。
「そっか、ようやく出来たか」
ヒルダは笑いながら俺を受け止め、二匹の蛇を首元に巻きつけてくる。
「ようやくと言うがな、魔物と人間の間に子が出来るというのも大変な事なのだぞ? 何年も毎日交わっていても出来ない場合もあるのだ」
「そうなのか」
「魔物と人間とでは、生物として上下の開きがあるらしいのでな。妾のような上級の魔物ともなるとそれも顕著なはずなのだが、……ふふ、やはり妾の目に狂いは無かったというところか」
俺は彼女の腹をさする。そうか、ここに小さな命が、俺達の子どもが宿っているんだ。
俺達の血の混じった、愛の結晶である子どもが。
毎晩毎晩、頑張ったもんなぁ。いや、頑張ったという言い方もおかしいか。むしろ夜のヒルダとの甘いひとときの為に毎日頑張って来れたと言うべきだな。
行為が終わるたびにヒルダはいつも興奮と不安が混じったような顔で言ってたもんな。今日はいっぱい愛してもらえたから、赤ちゃん出来たかなぁって。
それを思うと、やっぱりようやく出来たんだなぁと思ってしまう。
「それだけお主の精力が強かったということであり。……ちゃんと聞いておるのか? あと嬉しいのは分かるが、その顔は何とかならぬのか? ちょっと締まりが無さすぎるぞ」
そんなにだらしない顔してたかな。
俺は平手で自分の顔を叩いてから、再びヒルダに顔を向ける。
「……もう良い。どうせ二三日その調子だろうからな。まぁでも、喜んでくれたことは妾も素直に嬉しい」
ヒルダは口ではそう言いながらも、腹の上の俺の手を握って、急に寂しそうな顔をする。
「どうしたんだ?」
「何でもない」
「夫婦の間に隠し事は無しだろ?」
「……子どもが出来ても、私の事を一番に愛してくれる?」
不安げに見つめてくるその金色の目が愛おしすぎて。
俺は何も言わずに彼女を強く抱き締めてしまう。ああ駄目だ。これでは答えにならない。もう答えは決まっているけど。
「当たり前だよ。もちろん子供も愛するけど、ヒルダは別格さ。一人と言わず、たくさん俺の子を産んでくれ」
「その事もなの。エキドナがエキドナを産めるのは最初の子の一度きりなんだって。そのあとは……どんな姿の子供が生まれるか分からないの。だから、その」
なぜそんなに目を伏せるんだろう。
「どんな姿でも、俺とお前の子どもである事に変わりは無いだろ」
ヒルダはじっと俺の顔を見上げる。
俺は微笑みながら、不安げに彷徨う頭の蛇を撫でてやる。
「何か問題でもあるのか?」
「……無い。何にも無い!」
俺の胸の中に顔を埋めて、肩を震わせ始めるヒルダ。
急に胸が熱く濡れたかと思うと、控えめな嗚咽が漏れ聞こえてくる。
何が生まれてくるのか分からないという事を、俺が嫌がるとでも思っていたのだろうか。
そんなわけ無いのに。ヒルダがお腹を痛めて産んだ子を、愛しこそすれ嫌がるはずが無い。
「馬鹿、泣く奴があるかよ」
髪を撫でて、肩を優しく抱いてやる。
「だって……。だって不安だったんだもん。誰も知らない場所に来て、頼れるのはあなただけで。……こんな私が本当に母親になんてなれるのかって」
「そうだよな。怖いよな。……俺に出来る事だったら何でもするから。ずっと一緒に居るから。
ヒルダなら、いい母親になれるよ。何たって俺の自慢の嫁さんなんだからさ」
慣れない土地で出産をしなければならない。それがどれだけの重圧か。想像するに難くない。
本当に何でもしてやりたかった。でも、実際に子どもを産む事はヒルダにしか出来ない。日常生活は支えられても、出産を手伝う事は出来ない。俺に出来るのはこうやってそばに居てやる事だけだ。その事が何よりも歯がゆい。
ヒルダが落ち着くまで、俺はそのまま震える体を抱きしめ続けた。
そのうち呼吸も落ち着いて、震えも和らいでくる。
「悪かった。妾とした事が、みっともない所を見せてしまったな」
照れ笑いで涙を拭うヒルダ。鼻はまだ少し赤いけれど、口調もいつもの調子に戻っているし、大丈夫だろう。
「妾に全て任せておけ。元気な子を産んでやる」
そう言って、いつものように不敵に笑った。
俺は少し不安になる。ヒルダはいつも強がっていて、実際に強くもあるのだが、だから
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