気が付けば朝になっていた。肉感的な感触に嫌でも欲情してしまう自分と葛藤しているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
隣にヒルダは居なかった。その代わりに台所からリズミカルな音が聞こえてきていた。
そう言えば、実家に居た頃は母さんが朝飯を作っていてくれたんだよな。毎朝俺よりずっと早く起きて準備をしてくれて、それなのに俺はろくに味わいもせずに流し込むように食べて、とっとと家を出てしまって。
今思えば、凄いありがたい事だよな。
気になって台所の方を見ると、裸にエプロンと三角巾を付けたヒルダが鼻歌を歌いながら料理をしていた。
……やばい。何だろうこの感情。抱きしめたくてたまらないんだけど。
「お、そなたも目を覚ましたのか。もうすぐ出来るから少し待っていてくれ」
「あ、ああ」
俺は顔を引っ込めながら、一人で小さく唸った。
何だこの新婚生活は。でも悪くない。決して悪くない。むしろ……。いや、でも、ヒルダは魔物なんだし……。魔物なんだけど可愛くて、くそ、俺はどうすりゃいいんだ。
葛藤から逃げるようにテレビをつけた。
ニュースだ。ニュースを見て気分を落ち着けるんだ。
さて、いつもの地方局はっと……あれ?
いくらチャンネルを回しても目当ての放送局が映らない。チャンネルは合っているはずなのに、やっているのはニュースでは無く子供向けの番組だった。
いや、違う。これはニュースなんだ。読んでいるアナウンサーに変なのが混じっているだけで。
その証拠に、見慣れたアナウンサーもいるし、ニュースも読み上げられている。……ただし読んでいるのはどう見ても成人には見えない赤い三角帽子を被った金髪の女の子だけれども。
コメンテーターの席にも、腕の代わりに青い翼を持った女の子が座っていたり、空席かと思えば緑色の服を着た妖精のような女の子がマイクにしがみついていたり。
……何だ。一体どうなっているんだ? CG、なのか?
「ほう、魔女にセイレーンにフェアリーか。人目に付こうとは考えたものだな」
振り向けば鍋を持ったヒルダがテレビを見ていた。そういえばここにもCGみたいな娘が居たんだった。
試しに緑色の鱗に触れてみる。暖かくてつるつるした何とも言えない感触。予想していたよりは硬くない。
「どうしたのだ?」
「い、いや。もしかしてあの二人、ヒルダの知り合い?」
「会ったことは無いが、同郷の出、と言えばそなたでも分かってくれるか?」
「ああ、なるほどね」
ヒルダの事を魔物だと信じるしかないこの現状から考えると、やっぱりあの翼も、小さな体も本物なのだろう。
何だろう。まるで別世界に入ってしまったようだ。
「そ、それはそうとだな。その、あ、朝ごはんも作ってみたんだ。食べてみて、くれるか」
「そうだね。いただこう」
ヒルダはほっとしたような顔で腰を下ろした。
運ばれてきた料理は昨日と同様に見たことも無い物だったのだが、料理の美味さも昨日と同じで、俺は朝から腹いっぱいに飯を食ってしまった。
終始ヒルダは微笑みを絶やさず、それが可愛くもあり、そして心苦しくもあった。
一晩の間に、世界に一体何が起こったというのだろうか。
ヒルダに腕を引かれながら通いなれた通勤ルートを歩いているはずなのだが、俺にはその事がにわかに信じられなかった。ここは本当に俺が住んでいた街なんだろうか。
俺は平静を装いつつも、どうしても観光地に来た旅行者のようにきょろきょろと視線を走らせてしまう。
街の通りに、人の群れに、ごく自然に異形の姿が混ざっているのだ。
異形と言ってもちゃんと人の形は保っている。だが、少なくとも人間は獣のような手足を持っていたり、蝙蝠のような羽を持っていたり、昆虫のような下半身や腕はしてはいない。
人間では無いのは明白だった。
そして俺が本当に驚いたのは、彼等がいつの間にか街に紛れ込んでいた事では無く、周りの人間達が何も騒ぎ立てていないという事だった。
コスプレイヤーや外国人など比にはならない程の姿にも関わらず、視線は向けても誰も声をかけようともせず、驚いている様子もない。
と言うより、驚いているのは俺一人だけだった。
もはや催眠術と言うレベルの話では無かった。まるで世界そのものに魔法が掛けられたかのような、圧倒的な変化だった。
果たして世界が変わったのか、それともいつの間にか俺だけ別世界に移動でもしてしまったのか。あるいは世界は変わっていなくて、俺だけが狂ってありえない物を見ているのだろうか。
正気を保っているのは俺の方なのか周りの方なのか……。確かめたいと思っても、それを証明する手段も無い。
こういう時は、無意味に騒ぎ立てずに周りに合わせつつ様子を伺うのが一番だ。
俺はさも当たりといった顔で、ヒルダと一緒に自
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